第六章 許し許され

第27話 同性好きのハンデ

 文化祭が終わると、季節は一気に秋から冬へと突き進む。今日は、薄手のコートを着ないと外にいられないような気温だ。僕が寒さに震えながら学校へ向かっていると、校門の前に一際背の高い女性が立っていることに気が付いた。どうも僕らと同年代の女の子のようだ。だが、制服が違う。他校の生徒がなぜ僕の高校へ来ているんだろう。僕はそう疑問に思ったが、あまりの寒さにそんなことを気にする余裕もなく、足早に彼女の横を通りすぎようとした。その時、


「あんた、ちょっと待ちなよ!」


といきなり僕は腕を強い力で引っ張られた。見ると、それはあのりっちゃんの彼女の遥さんだった。遥さんはとても機嫌が悪そうな様子で、僕を睨みつけた。今度は気温ではなく、遥さんが怖くて僕は震えあがった。


「お、お久しぶりです。何か用でしょうか?」


「何か用でしょうか、じゃないだろうが! あんた、あたしの理沙に何してくれてんのさ!」


やっぱりりっちゃんとのことがバレちゃったのか。


「ごめんなさい!」


「ごめんなさいで済むと思ってるの? あたし、あんたたちの夏合宿の直後から理沙の様子がなんかおかしいと思ってたのよ。あたしとデートしてる時でも、どこか上の空で、もしかしたら他に好きな女でもできたんじゃないかと思った。でも、この前聞いちゃったんだよ。理沙のやつ、あたしの前で、いつもあんたのことをと言っているくせに、とポロっと呼び間違えたんだ。何かがおかしいと思って問い詰めたら、あんたのことが好きだったなんて言い出すじゃない! 一体、どういうことなの? あんたたちの関係はどうなってるわけ?」


遥さん鋭すぎるよ。あーあ、やっぱり湊の助言に従ってもっと早くきちんとりっちゃんと話をしておけばよかった・・・。僕は必至に弁解を試みた。


「な、何もないですよ! 僕はゲイですし、女の子にはそもそも興味がないんで・・・」


「そんなこと言っても、理沙だって最初はわたしはレズビアンです、なんて言ったんだからね! それが蓋を開けてみたら、実はバイセクシュアルでした、なんてことになってさ。あんたがいくら自分がゲイだと主張したところで、そんなの信用できるわけないじゃない!」


「本当ですよ! 僕には翔がいますし、りっちゃんとは何もないです。約束します」


「そんな口約束だけじゃ信用できないわ」


「じゃあ、どうしたらいいんでしょう」


僕はもう半泣きになっていた。


「ちょっと、身体貸しな」


僕は遥さんに無理矢理引っ張られ、近くの喫茶店に入った。遥さんは力も強く、僕なんかじゃとても太刀打ちできそうになかった。修羅場だ・・・。


「あの・・・僕、これから学校が・・・」


「ああ? んなもん、遅れて行ったって大して変わりゃしないでしょうが。とりあえず、あたしの話を聞きなさい」


これ以上逆らうと自分の身がどうなるかわからなかったので、僕は遥さんの話を聞くことにした。


「あんたがゲイだから理沙に何の感情も抱いていないっていうのは、とりあえず信じてやるわ。あんたの顔に嘘はなさそうだしね」


僕はホッとした。


「ありがとうございます・・・」


「理沙を誘惑したことはムカつくけど」


「そ、そんな。誘惑しただなんて。僕、何もしてないですよ!」


「あんたは鈍感だから自覚がないんだよ。だから余計に質が悪い」


僕の「鈍感さ」を出されると、もう黙るしかない。そんなに自覚なく僕は周囲を誘惑して回っているというのか。僕は頭を抱えた。


「とりあえず、今日あんたに会いにわざわざあんたの学校まで来たのは二つ理由があるの。一つ目はあんたが理沙をどう思っているのか確認するため。それはもうクリアしたからいいわ。何もあんたからはあいつに友達以上の感情はないってことはわかったから」


「友達以上の感情はない」と言いながら遥さんが僕をジロッと睨んだ。ただの一睨みのせいで、僕は蛇に睨まれた蛙のように恐ろしさに固まってしまった。


「二つ目はあんたに頼み事があるの。理沙を誘惑した詫びとして協力しなさい」


「わ、詫びですか?」


「協力するの? しないの?」


「します! ちゃんと協力しますから!」


遥さんの恫喝に僕は既に泣きそうになっている。遥さんは大きな溜め息をつくと椅子にどっかり座り直し、コーヒーを一口すすった。こういう姿を見ると、普段から僕より数段大人っぽい遥さんが、余計に同じ高校生とは思えなくなる。これでスーツをパリッと着込み、片手に煙草でも持っていたら似合うだろうな。まるで東京でバリバリ働くOLのカフェでの朝食風景のようで。僕がそんな妄想をしていると、遥さんはもう一度大きな溜め息をつき、僕にこんな話をした。


「あたしが理沙とデートしてる時に、あたしたちの様子をクラスの男子が見たっていうのよ。それは別にどうでもいいんだけどさ。そいつ、理沙のことが気になるって言い出してね。今度理沙に告るって大騒ぎしたわけさ。


 あたし、今までだったら理沙はビアンだと思っていたから、そんな男の戯言なんて気にしたことなかったさ。でも、あんたに気があるって知ってから、理沙は男にも興味を持つってことを知ってしまった。そうなると話は別。


 あたしはさ、バイセクシュアルって嫌いなんだ。あんたもそうだろうけど、あたしも同性しか好きになれない。でも、バイは異性を好きになることができる。その差の大きさって感じたことない? どうせ、バイは同性愛者のあたしらと付き合ったところで、最後は異性との結婚を選ぶ。


 あたしのビアン仲間もさ、そういうバイのクソ女のせいで傷ついたやつを何人も知ってる。好きな男ができたと言われた時のショックのデカさ、半端なもんじゃないよ。同性のあたしら女じゃ、異性の男には敵わない。そう思っちゃうんだ。


 だって、バイの人にとってみれば、同性より異性と付き合った方が何かと楽じゃない? 親や友達にも恋人を紹介できるし、将来、結婚や子どもも望める。でも、女同士の関係にはそういったものは何もないんだよ。同性同士のカップルって、長続きしないってよく言われない? あたしたちの関係って、将来が見えないんだよね。同性愛者の中にだって偽装結婚する人がいるのに、バイセクシュアルの理沙がずっとあたしを好きでいてくれるのか疑っちゃうんだよ。」


僕は水沢先輩が翔のことを好きだった時のことを思い出した。翔がゲイだとわかっていても、あれだけ僕の心は乱れたのだ。もし、翔が女の子に興味があったらどうだっただろう? あんな風に今でも水沢先輩と仲良くしていられただろうか?


「事情はわかりました。でも、僕はどうしたらいいんでしょう?」


「理沙のあたしへの気持ちをちゃんと確認してほしい。あたしには直接言えないことでも、あんたになら正直に言えることもあると思うから。あんたにはあいつ、相当心を開いてるみたいだし」


「心を開いてる」という箇所を遥さんはわざと強調しながら僕を睨んだ。


「そ、そんな。りっちゃんは僕なんかより遥さんの方にずっと心を開いてますよ」


「当たり前でしょうが! あんたみたいな青二才にこのあたしが負ける訳ないでしょ」


「あ、青二才って・・・」


「でも、あたしじゃあんたに勝てない部分があるのも事実なの。あたしにない部分をあんた持ってるから。だから、理沙はあんたのことが異性として気になったんだろうしね」


「はぁ・・・」


「とりあえず、理沙に話は聞いておいて。いいね?」


「わかりました。部活の時に聞いてみます」


僕はそう了承した。正直、このタイミングでこの話が来たことは好都合だった。りっちゃんにきちんと僕のことを諦めてもらえるように話さなくてはならなかったからだ。遥さんの話と並行してりっちゃんに話を聞いてみなくてはならない。

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