第25話 くっだらない理由
僕はその後りっちゃんともしっかりと話をしようと思ったが、なかなか二人きりになる機会がなく、文化祭の当日が来てしまった。まあ、おいおいきちんと話をして諦めてもらおう。
文化祭の当日、湊と嶺くんが去年のように遊びに来た。でも、今年は去年とは違い、堂々と学校内をみんな揃って闊歩した。料理部のみんなにも、もう僕らの関係を隠す必要がないからね。湊と嶺くんは堂々とカップルっぽく手を繋いで屋台を回っていた。体育祭のときに、たっちゃんをいじめていたあの男子生徒たちも見かけたが、湊を見るなりそそくさと逃げて行った。湊ったら、そんないじめっ子たちに大きく手まで振ってやるんだから、大したもんだ。
「あーあ、逃げちゃった。つまんないの。せっかくお友達になろうと思ったのに」
と湊はつまらなそうに言った。
「お友達?」
僕がそう尋ねると、湊は平然とした顔で
「そっ!」
と頷いた。
「ま、いうなれば、僕の言うことを何でも聞いてくれる、下僕みたいなお友達!」
さらっと怖いことを言うな、湊のやつ。
「そういえば、一郎、晃司とはどうなったんだ?」
嶺くんが続けて僕にそう尋ねた。
「ああ、晃司ね。昨日振られた」
「え? このタイミングで⁉」
湊も嶺くんも目を丸くした。
「うん。振られちゃった。向こうから好きって言って来たのにね。翔にも振られるし、晃司にも振られるし、僕ってよっぽど男としての魅力がないのかなぁ。」
そんな僕の冗談に、湊と嶺くんは笑い出した。
「本当、一郎って可哀想」
湊はそんなことを言いながら腹を抱えて笑っている。お前、絶対僕のこと可哀想だなんて思ってないだろ!
「で、りっちゃんは?」
湊は続けて僕に尋ねる。
「まだ、話す機会がない。まだ僕のこと好きなのかも」
「女の子にはモテるんだね」
僕は顔を真っ赤にした。
「湊!」
湊は舌をペロっと出して逃げ出した。もう、湊ったら! 僕もそんな湊を追いかけて走り出した。
そして、本題は文化祭の後だ。去年と同じく、あっという間に屋台やクラスの展示企画が片付けられ、日常の校舎が戻って来た。そして、すっかり他の生徒が下校した校舎の中、三年生の教室で僕と翔は向かい合って座っていた。僕の横に湊、翔の横に嶺くんが座っている。まるで、面接のような光景だ。
「ほら、翔。ちゃんと、お前の思っていること話せ」
嶺くんがなかなか話を切り出せない翔の背中をそっと押した。翔はいきなり立ち上がると、床に土下座した。
「一郎、ごめん! 本当にごめん! 俺がバカだった。最低だった」
僕はいきなりの謝罪に困惑した。
「どういうことなの? なにがバカで最低だったの?」
だが、翔はそれ以上話すことができず、もじもじして床に直接正座していた。そんな翔に、嶺くんがもう一度、
「ちゃんと一郎に向き合うって約束しただろ? そのためにこうやってみんなで集まったんだ。正直に話せ、な?」
と優しく促した。すると、翔はいきなりボロボロ泣き出した。
「俺、一郎に別れるって言ったの、ただの八つ当たりだったんだ。一郎が進路について相談してきた時、成績落ちていて、夏休みの模試で第一志望E判定だったんだ。俺、それでイラついて、大学なんてどうでもいいやって自暴自棄になってた。そこで一郎が進路相談なんてするから、カッと来て、お前に八つ当たりして、別れる、なんて思ってもないこと言っちゃった。
でも俺、自分が一郎と別れるって言い出したのに、本当に別れることになるなんて思ってなかった。お前がずっと俺の教室まで会いに来ていたのも、本当は嬉しかったくせに意地を張って拒絶してた。俺が少し冷たくしても一郎は俺のものでいてくれるって、俺、お前に甘えていたんだ。俺、一郎が俺に甘えてくるのが不快だ、なんて言ってたけど、俺の方こそ一郎に甘えていたんだ。許してもらえないかもしれないけど、こんな俺でもやっぱり許してほしい。ごめん。本当にごめんなさい」
翔は子どものようにしゃくり上げながら泣いている。え、ただの八つ当たりでこんな騒動に発展していたというのか・・・。
「でも、翔、新しい彼氏ができたって・・・」
僕がもう一つの懸案事項を持ち出すと、翔は泣きながら首を横に振った。
「あんなの嘘だよ! 晃司から一郎と別れたのなら告白するって言われたんだ。それ聞いて、俺、急に不安になってさ。一郎が本当に晃司に取られちゃううじゃないかって。だから、一郎を嫉妬させたらまた戻って来てくれるんじゃないかと思ったんだ。でも、その後、本当に一郎が全然俺の周りに寄り付かなくなって・・・。俺、その時初めて、俺らの関係が本当に終わってしまったことに気が付いた。たっちゃんの家に一緒に行った時、前と同じように誘ったら、もしかしたら何事もなかったかのように元に戻れるかもしれないと期待していたけど、一郎に拒絶されて・・・。俺、飛んでもないことをしたんだって思った。でも、もう後悔しても遅かった・・・。俺が馬鹿だったせいで、一郎をこんなに傷つけて・・・。本当にすまない」
晃司のやつ、直接翔に宣戦布告までしていたのか。大胆で気の抜けないやつだ。
僕は泣きながら何度も謝る翔を見ながら、昨日、晃司が僕に語っていた言葉を思い出した。「きっとくっだらない理由」で僕を振ったに違いないと。僕は思わずぶっと吹き出した。翔は驚いたように、涙でぐしょぐしょに濡れた顔を上げた。僕はおかしくて、机を叩きながら笑い転げた。
「一郎?」
翔は心配そうに僕の方を見ている。その顔がまた間抜けに見えて、僕の笑いは止まらなくなった。
「ほんと、翔って面白いね。最高だよ。昨日、晃司が僕に言っていた通りだ。本当にそんなしょうもない理由だったんだね」
僕はそう言ってひとしきり笑うと、まだ僕が笑う理由に釈然としていない翔に晃司の話をした。それを聞いた嶺くんと湊も僕と一緒に笑い出した。翔はすっかり耳まで赤くなって俯いていた。
「一郎、どうする? この間抜け野郎、許してやる?」
湊が笑いながら僕に聞いた。
「やだ。絶対に許さないよ」
僕は意地悪くそう答えた。すると、翔は泣きそうな顔で僕の方を見上げた。
「翔、本当に僕に許してほしいの?」
「はい、許してほしいです」
翔は泣き顔になりながら僕に懇願した。
「ふうん。じゃあ、これから僕と毎日一緒にお泊まりすること。僕と毎日一緒に学校に通学すること。ああ、それから、料理部で何か問題が起きたら僕を必ず助けること。これくらいはやってもらわないとね」
「え?」
「やれないの?」
「やります、やります! 全部やります!」
翔は必死に何度も繰り返した。そんな翔の様子を湊と嶺くんは笑い転げながら見ている。
「それから、もう一つ」
と続ける僕に、翔は身を固くした。
「まだあるんですか?」
「もう一度、こうしてほしいんだ」
僕は翔の唇にそっとキスをした。翔は夢中で僕を抱きしめ、僕の唇を奪い、舌を僕の舌に絡ませ続けた。僕はすっかりのぼせ上がり、頬を赤く染めて、
「翔。好きだよ。もう一度、付き合おう」
と翔に告げた。翔は顔をくしゃくしゃにして泣きながら、「はい」と返事した。
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