第24話 けじめ

 文化祭に向けた準備が着々と進んでいた。僕は文化祭の前日、焼きそばに使う材料を買いに、たっちゃんと二人でスーパーまで来ていた。


「先輩、この前はありがとうございました。それから、お父さん、先輩に失礼なことたくさん言ってしまって、本当にすみません」


たっちゃんは、お父さんが僕のことを「なよなよしている」と公然と言い放ったことをいまだに気にしている様子だった。


「いいよ。気にしないで。世の中の僕たちみたいな人間に対する評価って、ああいうのが多いんだろうなって思ってたし。それより、たっちゃんは大丈夫?」


「わたしは、もう慣れましたから。わたし、高校卒業して、早く一人暮らしがしたいんです。一人暮らしすれば、洋服も好きなもの着られるし、メイクもできる。髪も伸ばせます。わたし、ちゃんと病院で治療受けようと思ってます。ちょっと怖いけど、最後はちゃんと女の子として生きられるように、手術も受けるつもりです」


「性別適合手術ってやつ?」


「はい。タイに行ってやる人がとても多いんです。タイは性別適合手術先進国で、病院が充実しているんです。わたしも早くタイに行けるお金を作らなきゃ。だから、ちゃんと働きたい。それに、もし、わたしが女の子になれば、もう家には帰れないかもって覚悟してます。お父さんともお母さんとも、もう二度と会えないかもしれない。でも、わたし、それでももっとわたしらしく生きていきたいんです」


 そっか。たっちゃん、もう将来のことそこまで考えているんだな。僕はたっちゃんより一年先輩なのに、なにも考えずに今まで生きて来た。挙げ句、将来のことを何も決められず、進路調査票すらまともに書けずに、翔と別れるハメになったのだ。僕も、もう少しちゃんと自分のこれからのこと、考えてみようかな。たっちゃんの半分も自分の人生に対する覚悟もなにもない僕だけど、ちゃんと自立して生きていける人間にならなくちゃ。今までみたいに、翔に甘えてばかりの子どもっぽい僕じゃなくて。


 僕は、もう一度、自分としっかり向き合うことを心に決めた。そのためにも、まず、清算しなければならないことがあるのだ。湊を交えて翔と会う前に。


 料理部の出店の準備は順調に進んでいた。屋台を組み立て、明日の文化祭当日に向けて、焼きそばの下ごしらえも完了させた。これで、もう明日、お客さんを迎えるだけだ。僕らはお疲れ様のあいさつをしながらそれぞれが帰途に就いた。僕は、晃司と一緒にいつものように帰ることにした。


「晃司」


「一郎」


僕らは同時にお互いの名前を呼び合った。


「あ、ごめん。一郎から話して」


「ううん。まず、晃司の話から聞くよ」


「じゃあ、僕から言うね」


晃司は一つふぅっと大きく息を吐くと、話し出した。


「僕、今日までずっと考えていたことがあるんだ。一郎。もう、僕たち、元の友達に戻ろう」


僕は目を見開いた。まさか、晃司からこの話を持ち出されるとは思わなかったからだ。


「僕ね、一郎のこと、最初に兄ちゃんも一緒に話を聞いてもらった時からずっと好きだったんだ。だから、翔と付き合ってる姿を見るのが本当に辛かった。早く別れてくれないかなってずっと思ってた。それが、本当に二学期に入って別れちゃってさ。だから、やっと僕にもチャンスが巡って来たと思った。だけど、一郎はずっと翔の方ばかり見ているよね。やっぱり今でも翔のこと好きなんでしょ?」


僕は頷いた。


「たぶん、一郎には翔の方がずっと合ってるんだよ。僕は、一郎がずっと落ち込んだ悲しい顔をしているのを見るのは嫌だ。翔と別れてから、ずっと一郎、落ち込んでばかりいるよね。そんな一郎を元の一郎に戻してあげられるのは翔しかいないと思うんだ」


「晃司、ありがとう。ごめんね、晃司の気持ちに応えてあげられなくて」


「いいよいいよ。僕はもう諦めがついてるから。もう、今日から僕は一郎と前みたいなエロい話で盛り上がれる友達になる。いいかな?」


「うん。いいよ。僕も晃司とずっと友達でいたい」


晃司は満面の笑みで笑った。


「やった! ありがとう。一郎はもう一度翔と話してみなよ。一郎はやっぱり翔と一番お似合いだと思うから、また一緒になれるよ。僕ら二人で幸せになろ。僕は一郎と翔よりもっといい関係になれる彼氏を探してみる」


「うん。ありがとう、晃司。晃司も早く彼氏見つけよ! 僕、応援してるから」


僕と晃司は固い握手を交わした。


「晃司は僕のこと好きだったって言ってくれたけど、僕みたいな人がタイプなの?」


僕はそこで今まで気になっていたことを質問してみた。


「うーん。一郎が好きになったのは、一郎の優しい性格からかな。見た目はもっとスポーツしてる感じの筋肉ある人がいい。できれば年上! 頼れる人がいい。僕を思いっきり甘えさせてくれる人。たぶん、一郎もそういう人がタイプなんじゃない?」


「確かにそうかも。じゃあ、晃司にとって翔もタイプってこと?」


そんな僕の質問に晃司は笑い出した。


「まっさか! 翔って頼りないもん」


随分バッサリと切り捨てられたな、翔のやつ。


「あはは、確かに、翔はすごく頼りがいのあるやつじゃないかも。頼れるときは本当にかっこいいんだけどね」


「それは、一郎が翔のこと贔屓目で見てるからだよ」


晃司はさもおかしそうに笑い転げた。


「翔のやつ、一郎がいないといつも一郎はどこ行ったどこ行ったって大騒ぎしてるんだよ。あいつ、いつも一郎にベッタリだった。そんな簡単に一郎を忘れて他の男にいけるとは思えないよ。一郎と別れるなんて言い出したの、どうせくっだらない理由だよ。一郎より身長も大きいし、力もあるくせに、気が弱くて小さいんだもん。一郎は自分が翔に甘えてるって思ってるかもしれないけど、翔の方がよっぽど一郎に甘えてるよ。よく、一郎はあんなに翔から甘えられても平気だなって思ってたくらいだし」


「え? 僕、そんな翔に甘えられてたの?」


「はぁ。やっぱり一郎って鈍感だよね、そういうとこ。他の人にも鈍感って言われない?」


出た! 僕の秘儀、鈍感力! はい、言われてますとも。湊にも嶺くんにも、あの翔にまで! 晃司、きみもそれを僕に言うつもりなのかい?


「・・・いや、別に」


都合の悪くなった僕は適当に誤魔化した。

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