第22話 元には戻れない

 果たして、翔を連れ出した作戦は大成功だった。たっちゃんの両親は、「男友達」を二人も連れて来たことに大満足だった。その上、五人の料理部員のうち、四人が男子であることを伝えると、すんなりとたっちゃんが料理部を続けることを了承してくれた。


「いやぁ、達也もよかったなぁ。初めてじゃないか? 男の子の友達を家に連れて来たのは。もっと、こうやって男の子の友達をたくさん作りなさい。赤阪くんのような、男らしい男の子と仲良くなれば、お前も少しはたくましくなるだろう」


そう言って、たっちゃんのお父さんは大声で笑った。僕は正直、そんなたっちゃんのお父さんに嫌悪感を抱かないわけにはいかなかった。


「そういえば、君たち二人には彼女はいるのかね?」


お父さんはそんなことを聞いて来た。


「今は・・・その、いないというか・・・」


翔はそう答えた。


「因幡くんはどうなんだね?」


「僕は・・・僕も、いません・・・」


僕はなんと答えていいかわからず、そう言うしかなかった。


「なんだ、君たち。若いうちが花だぞ。ちゃんとやることはやらにゃ。特に、因幡くん。君はどうも、どことなくなよなよしているね。そんな子どもみたいな様子では、女の子に見向きもされないぞ。もっと男らしくしゃきっとしてみせろ」


僕は、もうこの場にいるのがだいぶつらくなって来ていた。その時、


「お言葉ですが、こいつはなよなよなんてしてません!」


と、翔が突然、立ち上がって叫んだ。


「こいつは、そんなやわなやつじゃありません。俺、ずっとこいつのそばで、こいつを見て来たからわかるんです。こいつは、優しくて、思いやりがあって、本当にいいやつなんです。だから、なよなよしてるなんて言うのはやめてください」


僕はぽかんとして翔を見上げた。翔がこんなに熱く僕のことを擁護してくれるなんて・・・。なぜ、別れた僕なんかのことをこんな風に言ってくれるんだ。


 だが、そんな翔の訴えは、たっちゃんのお父さんには届かなかった。


「だけど、君、優しさや思いやりだけあっても、男にはなれんのだよ。しっかり男らしく肉体を鍛え、精神も強くなきゃならん。こんなにひょろっとしていては、男としてこの世の中渡っていけん。君たち、ずっとそばにいただなんて、まさかホモじゃないだろうね?」


僕と翔は凍り付いた。


「ハハハ! なにをそんなに驚いているんだ。冗談に決まってるだろう、冗談に。因幡くんはともかく、そんなに男らしい赤阪くんがホモなわけないわなぁ。ホモなんて、あんな気持ちの悪い人間が、この社会の中に紛れていることが許せん。男に生まれたからには、男らしく女を愛し、子どもを設けるのが当たり前だ。男のくせに、男を好きになるなど、とんでもないことだ。そんなくだらないタレントが最近テレビをつければ跋扈しているのが非常にけしからん」


僕らは何も返す言葉がなかった。僕は、ひたすらたっちゃんのお父さんに嫌悪感を募らせ続けた。




 やっとこの地獄のような時間から解放された僕と翔は、また来た道を二人で引き返した。


「あんなのないよ。たっちゃんが可哀想だ。あの人にとってみたら、僕たちなんてここに存在することすら許されないんだ。やってられないよ」


僕はそんな風にこぼした。


「一郎の存在を否定するやつなんて、俺は絶対に許せない。お前の魅力もなにもわからないなんて、可哀想な人だな」


翔はそう言って憤慨した。僕は、翔が僕のことをあのお父さんの前でかばってくれたことを思い出した。


「翔、ありがとうね。僕、翔が僕のことかばってくれたでしょ? あれ、本当にうれしかった」


「当たり前のことを言っただけだよ。だって、本当に俺はお前のこと、好きなんだ。そうだ。久しぶりに俺んちに来いよ。あ、それかお前んち行ってもいい? あ、そうだ。今度、久しぶりに一緒に遊びに行かないか? 二人きりでさ」


翔は僕らが付き合っていたときのノリでそんなことを言い出した。だが、その言葉は僕にとって何よりもつらいものだった。


「は? 何でそんなことができるの? 翔には新しい彼氏ができたんでしょ? じゃあ、その子のこと大切にしてあげればいいじゃん。僕が翔のそばにいたら、その子が悲しむでしょ・・・」


「いや、それは・・・」


翔は口ごもり、気まずそうにしている。


「翔、最低だよ。僕は遊びで翔と付き合うつもりなんかない。僕は翔にとってたった一人の恋人じゃなきゃ嫌だ。そんなこと言って、都合よく僕を誘ったりしないでよ!」


僕は翔を置いて走り出した。僕は歯を食いしばった。翔の馬鹿! せっかく、僕は翔のことを忘れかけていたのに。なんで、こんなに翔は僕のこと・・・。僕だって、本当は僕だって・・・。

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