第四章 青春の悩み事

第16話 予兆

 翔は合宿が終わると、すぐに勉強を再開した。一週間後に模試が控えていたのだ。僕らのデートはその模試の後に行なわれることになった。僕は相変わらず、家に帰ってもランニングや筋トレは続けることにしていた。元のままの僕でいいと料理部員たちには言ってもらったものの、やっぱりいつまでも子供体型なのは嫌だし、少しは大人っぽい色気を出してみたりしたかった。


 模試の翌日、僕は晴れて一日だけの翔とのデートを楽しんだ。海から帰って来たばかりにも関わらず、僕らは今度はアミューズメントプールに出かけた。暑い夏は水の中にいるのが一番だ。二人一組で滑るウォータースライダーで翔と密着できるのが嬉しくて、ちょっとしたスリルを翔と一緒に味わえるのが刺激的で、僕は翔を引っ張って何度もそれを滑った。


 若いカップルや子連れが多いアミューズメントプールで、男二人で来ているのは僕と翔だけだったが、それがさらに僕らの気分を盛り上げた。こんなカップルか家族連ればかりが集まる空間に男二人で来ている僕らのことを周りの人はどう思っているのだろう。昔であれば、付き合っていることがバレるのではないかとビクビクしたものだが、今では、もしバレたらバレたで楽しいなと思うようになっていた。それに、僕と翔とでそっと手を繋いでみたり、軽くキスを交わしたりする姿を誰かに見られるのではないかというスリルが僕らの心を刺激するのだった。


 プール併設の温泉施設で汗を流し、そこでも同様に僕らはこっそりといちゃつきながらデートを楽しんだ。夕日が傾くころ、遊び疲れた僕らは並んで家路についた。


「今日は本当に楽しかった。ありがとうね、時間作ってくれて」


「いや、俺の方こそありがとう。俺もめっちゃ楽しかったよ。早く受験終えてお前とこうやっていつもデートできるようになりたいな」


「うん。そうだね。受験勉強は順調?」


「うーん、まぁまぁかな」


「まぁまぁって何だよ。まぁまぁって。翔、行く大学どこにするの? そういえば、まだそのこと聞いてなかったよね」


受験勉強の話に少しだけ翔の表情が陰った。僕は一瞬「うん?」と思ったが、すぐにそんなことは忘れてしまった。


「あ、うん。でも、ちょっと今は言いたくない、かな」


「えー? 何でよ。教えてくれたっていいじゃん。僕も、翔が行く大学を受験する。そしたら、一緒に住めるし、一緒に大学通えるじゃん?」


「調子のいいこと考えてるな、お前は」


翔が軽く僕を小突いた。




 その夜、僕と翔は久しぶりに濃厚な夜を過ごした。僕も翔もずっとずっと溜まっていた互いへの欲求を爆発させた。激しく息をしながら、僕らは汗だくになった。僕らはコトを終えると一緒にシャワーを浴び、もう一度二人で抱き合って横になった。翔は僕の身体をつんつん突きながら、


「一郎の身体つき、めっちゃよくなったね。いつもより興奮しちゃったよ」


と言った。


「あはは、くすぐったいってば。つんつんやめて?」


「だって、可愛いからさ、お前」


「僕ね、これからは翔には可愛いだけじゃなくて、大人っぽくて色っぽいって思ってもらえるように頑張ることにしたんだ」


「へえ。そうなんだ」


「あ、今、笑ったでしょ?」


「い、いや、笑ってないよ」


「ほら、笑ってる」


翔は堪えきれないといった様子で笑い出した。


「そんなに笑わなくてもいいのに。」


僕はそんな翔の反応に少し膨れた。すると翔が僕をぎゅっと抱きしめた。


「一郎、健気で可愛い」


「・・・恥ずかしいよ」


「もう一回してもいい?」


「もう翔ったら仕方がないなぁ。・・・いいよ」


僕らは再び抱き合いながら濃厚なキスを交わした。ああ、こんな幸せな時間がずっとずっと続いていけばいいのに。僕はそんなことを思いながら翔と激しく交わり続けた。




 僕はすっかり幸せいっぱいな気持ちで久しぶりのデートの日を終えた。それからというもの、翔はまた忙しい受験勉強の日々に戻っていった。僕も一学期や夏休みの終わりのころのように、週に数回だけ翔の家で寝泊まりさせてもらっていた。ところが、ある時から急に、翔は僕が翔の家に泊まることすら拒否するようになった。僕は最初、翔が勉強で一番大変な時だから一人になりたいんだろうと思い我慢していた。しかし、それは夏休みが終わっても続いていた。携帯で連絡を取ろうにも、SNSのメッセージが一言二言返って来るだけになった。


 僕はだんだん不安を募らせていった。翔は一体どうしたというのだろう。僕を嫌いになってしまったのだろうか。僕は淋しくてたまらなくなった。一人で家に帰ると、決まって布団に潜り込んで枕を濡らした。でも、そんな僕の淋しささえ、翔に聞いてもらうことはできなかった。

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