第15話 青天の霹靂

 翌朝には僕の熱はだいぶ下がっていたが、大事を取ってコテージに残ることにした。今日は最終日。夕方にはこのコテージを出て帰途に就く。皆は最後のひと泳ぎにと、海に出かけて行った。だが、りっちゃんは一人、僕とコテージに残った。


「りっちゃんもみんなと泳いでくればいいのに。僕はもう大丈夫だから」


僕がそう言うと、りっちゃんは何も言わず、僕にホットレモンを作ってくれた。


「これ、風邪に効くそうですから」


「ありがとう。何から何までごめんね」


僕はそのホットレモンを口にした。口の中に甘酸っぱい味がじわっと広がる。


「わぁ、おいしい」


「よかったです」


りっちゃんははにかんで笑った。


「一郎先輩があんなに一人で抱え込んで悩んでいたなんてわたし、気が付かなかったな」


「あ、いや。もうその話は恥ずかしいからやめてよ」


「もっとこれからはわたしに頼ってくれていいですから。先輩が悩んでいたら、何でも支えますし」


「ありがとう。でも、なんか照れ臭いよ、そんなこと言われたら」


僕はぽっと顔を赤くした。見ると、りっちゃんまで少し赤くなっている。


「りっちゃん・・・?」


「あの、一郎先輩。わたし、これから先輩のこと、一郎くんって呼んでもいいですか?」


「え? あ、いや、別にいいけど。でも、何で急に?」


「わたし、ずっと自分のことレズビアンだと思って来たんですけど、実は気づいちゃったんです」


「何に?」


「わたし、バイセクシュアルだって」


「そうなの? でも、どうしてそれに気付いたの?」


「だって、だって、わたし、一郎くんのことが好きになってしまったみたいなんです」


僕は飲みかけのホットレモンが気管に走り込んで激しくむせた。


「は、はあ?」


「いけないことだってわかってるの。わたしには遥がいるし、遥はずっとわたしのことを好きでいてくれてる。わたしも遥のことがずっと好きだった。でも、一郎くんに出会ってからだんだん一郎くんに魅かれていったの。体育祭の時に、あのいじめっ子に身体を張ってわたしたちを守ってくれた時から、一郎くんのことがだんだん気になりだして。でも、今回の合宿で気付いちゃった。一郎くんのちょっと頼りないところとか、涙もろいところとか、全部可愛いって。そのくせに、いつも一生懸命で、たまにとてもカッコイイ一面を見せる時もあって。ずっとこの気持ちは我慢して自分の中だけでしまっておこうと思った。でもね、どうしてもこの気持ちが抑えきれなくなってしまって。だから、他に誰もいないこの時間に、一郎くんにわたしの気持ちを伝えたかったの」


僕はどっと冷や汗が噴き出した。


「だ、ダメだよ。そもそも、僕はゲイだし、翔がいるし、女の子と付き合おうなんて考えたことないし。ちゃんとりっちゃんは遥さんを見てあげなよ」


「うん。わかってる。わたしは一郎くんと付き合えるとは思っていないよ。でも、一つだけお願いがあるの。目をつむってくれない?」


僕は言われるがまま目を閉じた。すると、りっちゃんが僕の唇にキスをした。僕は思わず椅子から転げ落ちた。そんな僕を見てりっちゃんはクスリと笑った。


「やっぱり一郎くん可愛い」


そして、僕の耳元で囁いた。


「この話はわたしと一郎くんの間だけの秘密ね! それから、みんながいる所では、これまで通り一郎先輩って呼ぶから、安心して」


「え、ええ? 待って待って。別に僕、これからりっちゃんと二人になる機会があっても、もう二度とキスしたりしないよ。わかってるよね。僕、ゲイだから」


「わかってるって。でも、そばにいれるだけでもわたしは幸せなの」


りっちゃんはそう言うなり、僕にぎゅっと抱き着いた。


「ちょっとだけこうさせて。五分だけでいいから」


「い、いや。あの、さ。ええと、りっちゃん? りっちゃんってば!」


りっちゃんは目を閉じて僕に抱き着き身を預けている。風邪とは別の原因で熱が上がりそうだ。翔、この状況なんとかして・・・。五分といったものの、十分経ってもりっちゃんは僕のそばから離れようとしない。正直、この状況はかなりつらい。外から皆ががやがや戻って来る声が聞こえてきた。本格的にまずいと思った瞬間、りっちゃんは何事もなかったかのように僕から離れると、


「じゃあ、一郎先輩。そろそろ帰る準備始めましょう」


と言った。




 帰りの電車では、僕はどうしてもりっちゃんと遥さんの様子が気になって仕方がなかった。このことが遥さんにバレなければいいけれど。僕はりっちゃんに何の恋愛感情も抱いていないが、遥さんがこの話を知ったら、僕も無事で済まされる保証はなさそうだ。挙げ句の果てに翔まで被害に遭うことになれば・・・。うん。考えただけでも恐ろしい。それにしても、これからも二人きりの時は僕のことを「一郎くん」と呼びたいだなんて、あんな風にキスしたり抱き合ったりするつもりなんだろうか。


 僕はさっきのことを忘れようと、思いっきり翔に抱き着いた。翔の方も僕をそっと抱き寄せてくれた。はぁ。やっぱり僕の居場所はここだよ。一番落ち着く。翔がそっと僕にキスを求めて来る。僕は夢中で翔の唇に吸い付いた。キスの味も、やっぱり翔とのキスが一番しっくり来る。

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