第14話 雨降って地固まる
合宿の一日目にすっかり体力を消耗した僕は、ベッドに入るなり泥のように眠ってしまった。だが、夜中に猛烈な身体のしんどさに何度も寝がえりを打った。あまりにも疲れている時は、眠りも浅くなるらしい。まだまだ二日間合宿は続くのに、こんなことで僕は大丈夫なのだろうか。一日目から全く思い通りに皆をリードすることができず、皆に助けてもらってばかりの僕は、明日はもっと頑張らないといけないのに・・・。
翌朝、僕が目覚めると、部屋に誰もいないことに気が付いた。コテージの中もシンと静まり返っている。あれ? 皆、どうしちゃったんだろう? 僕は眠い目をこすりながら起き上がった。すると、部屋に翔が入って来た。
「お、ようやくお目覚めかな? おはよ、一郎」
と優しく声をかけた。
「おはよう、翔。皆は?」
「皆、もう海に行ってるぞ」
僕は、はっとして時計を見た。もう時刻は十時を回っている。あんなに皆を引っ張ろうと決意していた僕は、合宿二日目の朝から大寝坊をしでかしていたのだ。
「今日は、一日ここで休んでいてもいいんだぞ? 俺も一緒にいてやるからさ」
だが、僕はそんなことをしていられなかった。飛び起きてすぐさま水着に着替えると、翔が止めるのも聞かずにコテージを飛び出した。僕は自分を責め続けた。どうしてこんなに全てをうまくやれないのだろう。どうしてこんなにダメな所ばかり後輩に見せてしまうのだろう。
浜辺では、すでにみんなが海で泳いでいるのが見えた。湊が僕を見つけて駆け寄って来た。
「やあ! 一郎おはよう。可愛い寝顔していたね。もう、目覚めた? 眠くない?」
湊はそんないつもの調子で僕の周りで賑やかに騒ぎ立てた。だが、僕は思わずその場に泣き崩れてしまった。
「あれ? え? ちょっと、一郎、何で急に泣き出すの?」
湊が焦っている。
「だって、だって、僕のせいで皆に迷惑かけてばかりなんだもん」
僕はしゃくり上げながら言った。
「え? 別に迷惑なんかかけてないじゃん」
「かけてるよ。昨日も、買い出し一つまともにできなくて買い忘れた物があったり、今日は今日でこんなに寝坊するし、全然部長としてうまくやれてないんだもん」
「いや、だって一郎、昨日すごく疲れているみたいだったから、今朝は一郎を起こさないようにしようって皆で決めたんだよ? だから、別に寝坊してもよかったんだよ。それより一郎、大丈夫? 昨日からずっと変だよ? 何でそんなに無理してるの?」
「無理なんかしてないよ。部長として皆に信頼されるには、もっともっと頑張らないといけないんだ。こんなところで負けていたらいけないんだよ」
騒ぎを聞きつけたのか、部員たちが僕の周りに集まって来た。そこに僕を追いかけて来た翔も合流した。
「ごめんなさい! 僕、寝坊なんかするつもりじゃなかったのに、本当に迷惑かけてすみませんでした!」
僕は泣きながら謝った。皆は困惑した顔で顔を見合わせた。
「いちくん、別に泣くことないじゃん」
「そんなに迷惑だなんて思ってないよなぁ?」
「うん。思ってないよ」
部員たちの優しい言葉が更に僕の涙腺を刺激した。翔がそっと僕を抱き寄せた。
「もう、一郎は無理するなよ。せっかく海に来たんだから、もっと楽しく遊んだらいいよ。だから、もう泣くな。そんなに泣いてばかりだと、一郎の先輩としての顔が丸潰れだぞ?」
「そうだぞ。昨日、お前が話してたこと、もういい加減に忘れろ」
嶺くんがそう言った。
「え? 昨日嶺と一郎二人で話してたの? 僕を差し置いて? ひどいよぉ!」
湊が騒ぎ出した。ちょっと、そのことをここで言うのはやめてよ・・・。
「何の話をしてたんだ?」
翔が僕に尋ねた。仕方なく、僕は皆に自分の胸の内を話すことにした。すると、晃司と栄斗は二人で手を叩いて笑い出した。
「笑うなよ。これでも、僕、真剣に悩んだんだから」
僕は膨れっ面をした。
「だって、そんなことで悩んでいたなんて、おかしくて。だから、昨日、あんな変だったんだ。おかしいと思ったんだ」
「一郎くん、それはないっすよ。俺たち、ちゃんと一郎くんのこと部長って思ってますから」
二人は笑いながらそう言った。
「一郎先輩、体育祭の応援合戦、わたしと代わってくれたじゃないですか。わたしがいじめられそうになったとき、身体を張って立ち向かってくれたじゃないですか。わたしが中学校のとき、好きな人に裏切られた話も、先輩が一番わかってくれた。先輩がいてくれるから、先輩が優しいから、わたし、料理部にいるんです。だから、わたしにとっては、一郎先輩はちゃんと頼れる部長さんです」
たっちゃんがそんなことを言ってくれるので、僕はまためそめそ泣いた。
「ほーんと、一郎ってすぐ泣くし、面倒くさいこと考えて一人で抱え込んで悩むし、大変な部長でごめんね、みんな」
翔が部員たちにそう言って頭を下げた。
「翔は余計なこと言わないで」
僕は翔の腕を引っ張った。
「あはは、確かに、いちくんって結構泣き虫だよね。でも、そういうとこも含めて可愛い」
「だよな。でも、一郎くんにはずっといつもの一郎くんでいてほしいな。あんまり背伸びして頼れる先輩になるぞ、とかやられると、逆に困るよな、俺たち」
「言えてる言えてる」
部員たちが好き勝手なことを言って笑い合っている。
「でも、一郎、昨日ずっと頑張ってたよ。健気だったよね。可愛くてチューしちゃう」
湊が僕の頬にキスをした。翔がすかさず湊をつまみ上げた。
「気安く一郎にキスするな!」
皆が一斉にどっと笑った。
結局、僕はこれまで通りの僕でいた方がいいという結論に至った。そういう結論に至ると、何だか、僕の心は急に軽くなった気がする。僕は思いっきり、海ではじけることにした。海の中に飛び込み、晃司や栄斗と競争をして泳いでみたり、湊と浜辺で一緒にお城を作ってみたり、子どもに戻った気分で海を満喫していた。
ところが、まだ完全に風邪の治っていなかった僕は、コテージに帰ると熱を出して寝込んでしまった。
「お前は本当に何から何まで世話がかかるな」
そう言って翔は僕の頭をそっと撫でた。
「ねえ、翔」
「なんだ?」
「僕の熱が下がって元気になったら、一日でいいから、僕と遊んでくれない?」
「え? どうしたんだ、急に」
「僕、翔が受験生だから、ずっと一緒にいたいの我慢して来たんだ。だけど、一日くらい、翔とデートしたい」
「わかったよ。じゃあ、頑張ってお前とのデートの時間取れるようにするから」
「うん。ありがとう。それから・・・」
「まだ何かあるのか?」
「今夜はずっとそばにいてくれる?」
「なんだなんだ、急に甘えん坊になっちゃって」
「ねぇ、一緒にいてくれる?」
「わかったよ。一緒にいてやるよ」
「ありがとう」
僕は安心した気持ちで目を閉じた。
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