第13話 全てを一人で

 コテージの鍵の受付カウンターに着くと、僕は遥さんの前に強引に躍り出た。


「僕が、代表者として受付済ませるんで、遥さんは休んでいてください」


「いや、でも、予約は理沙の名前でしてるから」


「大丈夫です。僕が木村さんの名前でちゃんとチェックインしておくんで」


そのまま受付カウンターで、


「すみません。予約してました木村理沙です」


と声を張り上げた。


「あの、お客様はご予約された木村さんご本人様でしょうか?」


と、受付嬢がりっちゃんの名前を叫ぶ男の僕に困惑した顔で言った。そこに遥さんとりっちゃんが割り込んだ。


「木村はわたしです」


「もうあんたはいいから、ちょっとそこの椅子に座って休んでな。ちょっと顔色悪いよ」


僕の顔色が悪い? そんなの大丈夫に決まってる。いや、大丈夫じゃなきゃいけないんだ。受付だって、僕がちゃんと説明すれば僕一人でできたのに、何でいつもこうなるんだ・・・。


 僕はもう心が折られそうだった。ずっと気を張っているのも、もう限界に近い。だけど、あと三日間、この部員たちを率いていくのは僕なのだ。この程度で限界だなんて、こんな情けない僕じゃだめだ。まだ、部員のために僕は何一つ役に立っていない。


 僕はコテージに着くと、夜のバーベキューの買い出しを全部一人でやると申し出た。翔が一緒に行くと言ってくれたが、それすらも断った。僕は休む暇もなく、近くのスーパーで肉や野菜を購入し、コテージに戻った。だが、僕はすっかりバーベキューソースを買って来るのを忘れていた。また皆に迷惑をかけてしまう。慌ててスーパーに戻ろうとする僕を、遥さんが止めた。


「一郎、あんただいぶ疲れてるでしょ。ちょっと休みなさいよ。バーベキューソースくらいあたしが買って来るわ」


「そうですよ。先輩、ちょっと今日頑張りすぎですって。わたしと遥で行ってくるんでちょっと休んでいてください」


とりっちゃんは言うと、遥さんと共に僕の買い残したバーベキューソースを買いに出かけて行ってしまった。買い物もまともにできずに、りっちゃんの世話になるなんて。しかも、遥さんの方が頼りになる所をまた部員の前で見せつけてしまうなんて・・・。


 だが、こんなところでへこたれてなどいられない。僕は、遥さんが帰って来るまでに、野菜と肉を刻み、竹串に通し、炭火の用意をした。翔や嶺くんが手伝ってくれようとしたのも全て断り、僕一人で全作業工程を進めた。


 バーベキューが始まる頃には、僕は体力をほぼ使い果たしていた。ほとんど食事も喉を通らないほどに疲れ切っていた僕は、うなだれるようにコテージの隅に座っていた。


「食べ終わったら、花火しようか。さっき、スーパーでついでに買って来たんだ」


遥さんの声が遠くから聞こえて来る。部員たちの歓声が上がった。はぁ。そんな気づかいは僕にはできなかったな。なんで、こうも遥さんは何から何まで僕より上なんだろう。部長の僕は今日、どんな役に立ったというのだろう。


 皆はわいわい大はしゃぎしながら、花火を始めた。翔と嶺くんの高校三年生組がバーベキューの片づけをしている。僕が片付けしなきゃいけないのに。そう思うのだが、疲れ切った僕はその場から動くことができずにいた。


 皆の楽しそうな声と花火の色とりどりの光。磯の香りに静かな波の音。こんなにのどかな光景を目の前にして、突然、僕はぶわっと涙が溢れ出した。なぜ、僕はこんな風に泣いているのだろう。こんな楽しい合宿の場所で。楽しい? 本当に僕はこの合宿を楽しんでいるのだろうか? 楽しいはずなのに、なぜ、こんなに苦しいのだろう。


「おーい、一郎、大丈夫か?」


嶺くんがそう僕に声をかけた。僕は泣いているのを気付かれないように、涙を拭いて、笑顔を作った。


「うん。大丈夫。ごめんね。片付け全部手伝わせちゃって。僕が全部やらなきゃいけない所なのに」


「何言ってるんだ。俺たち友達だろ。一郎、今日はずっと頑張っていたんだ。疲れただろ? だから、俺たちがバーベキューの片づけをすることくらい、任せてくれよ」


嶺くんは僕の隣に座ると、おもむろに切り出した。


「今日は一郎、ずっと無理してる感じだったよな。何かあったのか?」


「無理なんてしてないよ。普通だよ、僕は」


「無理してただろ。いつもの一郎じゃなかったよ。もっと他の皆の力を借りてやればいいのに、全部自分でやろうとしていたよな。鍵の受付から買い出しからバーベキューから全部。しかも、昨日から顔色ずっと悪かったのに、全然他のやつが手伝おうとするのを聞かないし。なんであんなことになっていたんだ?」


「・・・だって、僕がしっかりしなきゃいけないんだもん」


「一郎はしっかりやってるだろ?」


「してないよ。体育祭の時からそうだった。たっちゃんをいじめていたやつらに対しても、僕は何もできなかった。翔や湊にずっと助けられてばかりだった。僕は、こんな頼りない自分が嫌だ。ちゃんと後輩に頼られる先輩になりたい」


「それは、一郎が自分のこと見えてないだけじゃないかな?一郎は自分では気付いてないかもしれないけど、体育祭の時だってよくやっていたじゃないか。お前が頑張っているから、湊だってお前に手を貸したんだぞ。お前はお前なりに頑張った。それで十分じゃないか」


「そんなことないって。晃司も栄斗も僕にタメ口使うしさ。きっと僕が先輩らしくないから、舐められて・・・」


「じゃあ、何で一郎は俺にタメ口なんだ?翔にもタメ口だろ? 一郎は俺らより年下のはずだよな? 一郎は俺らのことを舐めてるのか?」


「そんなわけじゃん。でも・・・」


「それだけ、あいつらがお前のこと慕ってるってことだよ。お前のことが大好きなんだよ、あいつら。そんなに年上だから、年下だから、こうしなければならない、なんて自分を縛るなよ。お前はお前らしくあればいいだろ? あいつらはあいつららしくいさせてやれよ。先輩だろうが後輩だろうが、年齢なんて一歳か二歳くらいしか変わらないんだ。俺もお前もあいつらも同じ人間なんだからな」


僕らしく、か。いいのかな、こんな頼りない僕で・・・。


「ちゃんと部員たちと話し合え。お前一人で抱えていても、誰も助けてはくれないぞ。でも、ちゃんと相談すれば、きっと力になってくれる」


「だめだよ。力になってもらっていたら。僕が力になってあげる側じゃないとダメなんだ」


「俺と翔は少なくとも、お前に力になってもらったことたくさんあるぞ。俺はお前より一個先輩だけどな。力になったり、力になってもらったり、互いに助け合えばいいだろ? そんな大企業の社長だって、社長一人じゃ何もできないんだぜ? 皆と協力するっていうのも、部長の一郎には必要なことなんじゃないかな?」


いつしか、花火をしていた皆がぞろぞろコテージに戻って来ていた。


「あれ? バーベキューの片づけ、全部してくれたんですか?」


りっちゃんが僕らに尋ねた。


「ああ。俺と翔と、そして一郎の三人でな」


「いや、僕は何も・・・」


嶺くんがそっと僕を黙らせた。


「えー? みんなで片付けをするからよかったのに」


「いちくんと一緒に花火したかったのに。バーベキューの時から元気なくない?」


「そうですよ。一郎先輩も花火すればよかったのに。部長なのに花火にいないから、ちょっと物足りなかったじゃないですか」


などと部員たちが口々に僕に文句を言っている。


「ごめんごめん。明日は皆と一緒に海で泳ぐから」


僕はそう皆に笑いかけた。


「おーい、風呂を沸かしといたから、入るぞ」


翔がコテージの中から皆を呼んでいる。


「イェーイ! 風呂だ風呂!」


「まずは女子から! 男は後!」


「えー? 翔くんケチ!」


「うるせぇ! 順番だ、順番!」


皆の賑やかな声が聞こえてくる。


「ほら、そろそろ俺たちも中に入るぞ」


嶺くんがそっと僕を促した。

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