第11話 「先輩」らしく
夏休みが始まった。翔の受験勉強は夏休みに入ると一段と佳境に入った。模試に次ぐ模試。高校三年生に対しては、夏休み中補講もある。時間のたっぷりある夏休みは、翔たち受験生にとって一番大事な時期なのだ。
この大変な時期に料理部の夏合宿へ誘った僕は、それ以上翔を邪魔する訳にはいかなかった。僕は、この夏を自分磨きに集中することにした。朝の涼しい時間に早起きし、ランニングと筋トレも欠かさずに続けていた。昼間は部屋にこもって勉強し、勉強が終わると市民プールに出かけて行き、全速力で泳いだ。
もっと頭もよくなって、体力もつけて、ちょっとは頼りがいのある男になりたい。夏合宿では皆を引っ張っていけるカッコイイ先輩に生まれ変わった姿を見せつけるのだ。リーダーなのだから、もうりっちゃんの手を借りることはしない。晃司や栄斗にも部長としての僕を認めさせてやる。僕はそう意気込んだ。
気付けば、少しずつ筋肉もついて来ていた。だが、そんな生活を続けていれば、だんだんと疲労感が増してくる。そんな無理はそれほど長続きしなかった。夏合宿を前に、僕は夏風邪を引いて寝込んでしまったのだ。
はぁ。何やってるんだろう、僕。このままじゃ、頼りない先輩のままだよ。
僕の体調は夏合宿の日を迎えてもまだ万全ではなかった。だが、僕はなんとか自分を奮い立たせた。ここで決めなきゃ。部長らしく皆を引っ張っていけるカッコイイ先輩にならなくちゃ。僕はフラフラする頭でぼんやりとそんなことを考え続けていた。翔はそんな僕を心配して、
「合宿なんて休め。そんな体調で行ったら大変なことになるぞ」
と言ってくれたが、そんな翔の言葉は僕の耳には入らなかった。
「ダメだよ。僕、部長だもん。合宿休むとか無責任なことはできない」
「でも、まだ身体がだるいんだろ? 皆に行けないって、俺の方から連絡してやろうか?」
「そんなことしなくていいよ。僕のことは心配しないで。ちゃんとやれるから」
翔の制止を振り切って、僕は集合場所へ向かった。
「皆おはよう!」
僕は精一杯の力を込めて集まった参加者全員にあいさつした。
「一郎先輩、いきなりどうしたんですか?」
たっちゃんがいきなり大声であいさつする僕に戸惑っている。
「どうしたのって、ちゃんと部長らしくあいさつをしただけだよ」
「部長らしく、ねぇ」
晃司がそう言って僕を笑った。どうやら、僕が「部長らしく」振舞おうとするのが滑稽に映るらしい。何と失礼な。
「晃司!」
僕はそう怒鳴ってからハッとした。いけないいけない。晃司といつもの調子で喧嘩を始めたら、部長としての威厳が台無しだ。僕はこみ上げる怒りを鎮め、咳払いをした。
「今日から三日間合宿になります。各自、怪我のないよう、体調にも十分気を付けて頑張りましょう。よろしくお願いします」
いきなり僕がそんな改まったあいさつを始めるので、皆は驚いた様子で顔を見合わせた。どうだ。これが部長としての僕の実力だ。
「じゃあ、全員、僕から離れないようについて来るんだ」
そう言って僕が先頭に立って歩き出そうとすると、りっちゃんが僕を呼び止めた。
「ごめんなさい、一郎先輩。わたし、今日彼女も一緒なので、皆に紹介してもいいですか?」
そう言われて初めて、僕はりっちゃんの彼女がそこに来ていることに気が付いた。何やってるんだ、僕としたことが・・・。
「ああ、そうだった。ええと、じゃあ、木村さん、彼女を紹介してください」
「き、木村さん⁉」
「だって、木村さんですよね。木村理沙さん、お願いします」
皆がざわめく。いつものふぬけた僕じゃないからビックリしているんだろう。でも、これが部長としての威厳ってやつだ。
「あ・・・、はい。じゃあ、紹介します。わたしの彼女、遥です」
「どうも。
その遥さんという人は、随分サバサバした印象で、大人っぽい雰囲気を醸し出している人だ。長身で170センチはありそうなモデルのような人だった。この人の前では、僕など子どもに見えてしまう。もっと大人らしく振舞わないと。
「ええと、じゃあ、部長の僕から自己紹介します。料理部部長の因幡一郎です。平井さんと同じ高校二年生。十六歳です。よろしくお願いします」
そんな固いあいさつを始める僕に、遥さんは苦笑して言った。
「ああ、そんなに角ばった自己紹介はしなくていいよ。あたしたちタメでしょ?もっと気楽にいこうよ。平井さんって呼び方もやめて。遥でいいから。あんたのことも一郎って呼ぶからさ」
一郎って、いきなり呼び捨て? しかも「あんた」呼び? 僕が面食らっている内に、遥さんを中心に、皆がわいわい盛り上がっている。遥さんと部員全員すぐに打ち解けている様子だ。僕そっちのけで遥さんに群がる部員たちを見て、僕は無性に悔しくなった。クソッ! こんなところで負けたたまるか。
「では、出発します! 各自、切符を確認しておくように!」
僕は部員たちにそう叫ぶと、先頭に立って歩き出した。そんな僕に翔がそっと話しかけた。
「おい、一郎。ちょっと今日のお前変だぞ。もっと気楽にしていればいいじゃないか」
「ダメなんだよ、それじゃ」
「何で? 俺はいつもの一郎がいいよ」
「だって、僕は部長だから。先輩として、皆を引っ張っていく責任があるんだ」
「いや、だとしても、あんな感じじゃ、誰もついてなんか来ないだろ。無理してるんじゃないのか?」
「ついて来て貰うの! 僕は今日から頼れる先輩になるんだから。翔は邪魔しないで」
僕はムキになってそう叫んだ。すると、そんな僕の会話を聞いた晃司がぷっと吹き出した。
「荒川くん、何がおかしいんですか?」
僕がそう晃司に言うと、笑っていた晃司は少し困った表情をした。
「あのさ、その荒川くんって言い方やめてよ。いつもの晃司って呼び方でいいよ」
「ダメです。それから、僕のことは因幡部長と呼ぶこと」
「はぁ? やっだよーだ!」
「こ、晃司!」
舌を出してみせる晃司に思わずいつもの僕が出そうになった。
「ほらね。それでいいんだって」
晃司が僕に笑いかけた。クソッ! 晃司のやつ、僕のペースを乱して来やがって。僕は一瞬いつもの調子に戻って晃司にげんこつを食らわしそうになったが、それを何とか飲み込んだ。
「ダメです。さあ、行きますよ、荒川くん」
そう晃司に告げると、僕はキリッと前を向いた。
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