第三章 煌めく青の世界で

第10話 「部長」の立場

 料理部の唯一の高校二年生にして部長の僕。だけど、僕はたっちゃんの一件以来、その立場が果たして僕でいいのか、自信がなくなっていた。翔や嶺くんのような体力もなく、湊のような機転もきかない僕。そんな自分が嫌で、僕は放課後、一時間のランニングと筋トレを始めることにした。少しでも頼られる先輩でありたかったのだ。


 しかし、そんな一朝一夕で頼りない僕が変われるはずがない。いつしか、僕は部員たちからもはや「部長」として見られていないのではないか、と疑いをもつようになっていた。料理部の僕と部員との関係は、最早先輩後輩というより、完全に対等でフランクなものになっていた。当初、「先輩」と呼ばれて浮かれていた僕だったが、今では部員たちにはほとんど同級生か、時には下級生のように扱われていたからだ。


 晃司と栄斗の二人の男子部員たちは、僕とタメ口で会話するようになっていた。晃司など、「いちくん」と、僕を愛称で呼んで来る。僕はこの二人と話していると、まるで同級生のような感覚に陥って来る。二人と同じ様にバカを言って笑っている自分にふと、これでいいのだろうかと心配になるのだった。


 料理経験の少ないたっちゃんや男子部員たちのためにも、料理部らしく何かを作ろうとレシピ本を持って行っても、誰にも見向きもされなかった。そんな僕を見かねたりっちゃんがお菓子やケーキのレシピを持ち寄ると、たっちゃんが大喜びするのだ。去年の十二月にクリスマスケーキを作っただけの僕は、スイーツ作りには疎い。ケーキを焼くのが趣味だというりっちゃんには敵いようもなかった。部活の運営は、りっちゃんにずっと頼ってばかりだった。


 味見するだけの晃司や、できたケーキを食べにくるだけの栄斗も巻き込んで、何か作りたいと僕はいろいろ計画したのだが、その目論見も外れてばかりだった。それどころか、料理そっちのけで男の話をする晃司にすっかり丸め込まれ、一緒にエロ動画を見たりする始末だ。


 先輩然として振舞おうとすればするほど、僕は空回りしていた。


 この頃、翔は受験勉強が忙しくなり、料理部に顔を出してくれることもほとんどなくなった。忙しい翔が僕の家に来ることはほとんどなくなってしまった。週に何回か僕が翔の家に泊まりに行っても、翔は勉強ばかりでろくに構ってくれず、料理部についての相談を持ち掛けることもできずにいた。だけど、ここで翔に甘えてばかりの僕じゃいけない。僕は淋しさをグッと我慢していた。


 季節はもう夏だ。期末試験が終わり、夏休みが始まろうとしたある日、珍しくサッカー部の練習のない栄斗も含めて全員で部活をする日が訪れた。夏休みに皆で何かしたいという部員たちの要望を聞き、今年の夏休みは全員で合宿を行うことになった。


「夏合宿の行先だけど、行きたい場所ある?」


僕がそう皆に意見を求めると、


「僕、海がいいな。海で泳いだりバーベキューしたりしたい」


と晃司が即答した。


「それ、いいね! 海行きたい!」


と、栄斗が今度はすぐに乗って来る。


「わたし、海はちょっと・・・」


だが、たっちゃんはあまり乗り気ではなかった。僕は、たっちゃんが女性用の水着を持っていないのではないか、と思い当たった。


「そっか。男用の水着着なきゃいけないもんね」


たっちゃんは頷いた。


「やっぱり、海はちょっと考え直そうよ。たっちゃんのためも考えたら、高原とか行けば水着になることもないし、涼しいし、いいんじゃないかな?」


僕がそう提案したが、栄斗は不服そうな顔をした。


「えー? 高原とかつまんないじゃん。一郎くんの発想ってちょっと年寄りくさくね? 海だったら、美女の水着もイケメンの裸もたくさん見れるんだぜ?」


「栄斗、もう一回言ってみろよ!」


僕は栄斗を絞めあげにかかった。


「あはは、ごめんって。そんなに怒らないでよ」


そんな僕らの様子を見て、晃司は手を叩いて笑った。


「僕も海の方がいいな。海だったらイケメンの身体いっぱい見れるもんね!」


「あんたたちはそれしかないんかい!」


と、りっちゃんがツッコミを入れつつも、


「でも、海の方がわたしもいいなぁ」


とつぶやいた。


「わたし、水着何着が持ってるし、たっちゃんに貸してあげるよ。だったら、たっちゃんも海行けるでしょ?」


たっちゃんの顔が急にほころんだ。


「本当? いいの?」


「いいよいいよ。たっちゃんのためならいくらでも貸してあげるから」


「ありがとう!」


たっちゃんはりっちゃんに抱き着いた。


「じゃあ、海で決まりね!」


「おっしゃぁ!」


「了解です!」


みんなが口々に同意した。


 僕は、せっかくたっちゃんに配慮したはずの高原案をけんもほろろに却下されたことに少々いじけていた。


「なんかつまんないなぁ。高原いいと思ったのに」


そんな僕にりっちゃんがある提案をした。


「ほら、どうせ海に行くんだったら、翔先輩も誘ったらどうですか?」


「え、翔も?」


「はい。わたしも彼女誘うんで。皆で行ったら楽しいじゃないですか」


「本当だ。それ、楽しそうだね! じゃあ、湊と嶺くんにも声かけてみるよ」


「そうしましょう」


僕は単純だ。翔の名前を出されれば僕がイチコロで動くことを、りっちゃんはよく理解していた。僕を上手にコントロールする方法を四月の終わりからの三か月間で身につけたらしい。


「えー? 二人だけずるいよ。僕、彼氏いないんだけど。」


晃司がブーブー文句を言っている。


「いいじゃん。一緒に海でナンパでもしようぜ。イケメン捕まえよ」


栄斗がニヤリとして晃司にそう言うと、晃司はにやけた顔になった。


「それもそうだね」


「本当に晃司って男に弱いよね」


僕は晃司をからかった。


「へん! いちくんのくせに偉そうだぞ。いちくんは翔くんに弱いよね」


「お前、僕のことバカにしてるだろ!」


「はいはい、二人ともその辺にしといて」


りっちゃんが再び口喧嘩を始める僕と晃司の間に割って入った。


「じゃあ、海辺のコテージをわたし、予約しておきますね」


「え、いいよ。僕が探しておくから」


「いえ。わたし、いい場所知ってるんです。だから任せておいてください」


しっかり者のりっちゃんには僕は一向に敵わなかった。


 僕は一人になると、こんな調子でりっちゃんに頼りっぱなしの僕でいいのかと真剣に悩んだ。今回もたっちゃんの助けになってあげられたのはりっちゃんだったし。晃司や栄斗を相手に先輩らしく振舞おうとしても、結局失敗してばかりだし、ついついあいつらといると僕は同じレベルでふざけたり喧嘩をしたりしてしまう。


 晃司や栄斗と一緒にふざけてみたり、りっちゃんに年上のくせに甘え続けるだけじゃだめだ。もっと先輩らしくしっかりしないと。

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