第9話 再び日常へ
僕らが笑い合っていると、
「あ、やべえ!」
と、翔が叫んだ。
「もう、応援合戦の時間だ」
慌てて時計を見ると、もう応援合戦の集合時間を過ぎていた。僕らは慌てて駆け出した。
結局、大遅刻をやらかした僕は、しこたま団長に叱られた。まあ、でもいいんだ。湊にいいもの見せてもらったし。僕は思いっきり体操服のシャツを脱ぎ捨て、裸足になって校庭へ他の皆と駆け出して行った。
その後の体育祭は、何事もなく最後まで終了した。僕は、なんとか苦手なダンスを踊り終え、綱引きも無事に済ませ、体育祭でのすべての仕事を完遂した。翔は、応援合戦でも団の最前列で踊ったり、午後一番の見せ場であるリレーで一番を取ったり、今日のMVPは翔だといっていいような活躍ぶりをみせた。
今年の体育祭はいつになく楽しい一日になった。運動音痴な僕のくせに、なんだかんだ言って一生懸命競技に出たせいか、すっかり筋肉痛だ。これまであまり運動して来なかった僕だけど、これを機にちょっとは身体を鍛えてみようかな、なんて気分になった。いじめっ子に舐められないためにもね!
湊と嶺くんは翌日も学校なので、早々に別れ、この日は、翔の家に泊まりに行くことにした。だが、それからが地獄だった。ただでさえ色白な僕は、ずっと炎天下にいたせいで、真っ赤に日に焼けていたのだ。しかも、応援合戦でシャツを脱いだせいで、胸から背中からお風呂でお湯が少しでもかかると痛くてたまらない。僕は風邪を引きそうになりながら、冷水でシャワーをさっと浴びると急いで風呂を上がった。
「一郎、全身真っ赤だな」
そう言って翔は笑った。
「翔だって真っ赤だよ?」
そうなのだ。水泳部を引退して久しい翔も、すっかり僕と同じ色白な肌に戻っていたのが、今日一日ですっかり真っ赤に日焼けしていた。
「今日は身体が痛いし、全身火照って暑いから別々で寝ようか」
翔はそう言ったが、僕は翔にぎゅっと抱き着いた。
「どうした? 今日は随分甘えん坊だな」
翔はそう言いながらも嬉しそうだ。
「今日は、翔と一緒がいいんだ」
「急にどうしたんだ? 一緒がいい、なんて普段はなかなか言ってくれないだろ?」
「だって、今日の翔、めっちゃカッコよかったんだもん・・・」
「はあ? なんだよ。急にそんなこと言われたら、俺だって我慢できなくなるだろ・・・」
そのまま、翔は僕にキスをしながら、僕をベッドの上に押し倒した。僕らは肌と肌が触れるたびに日焼けの痛みを感じたが、それを忘れるほど熱く絡み合った。僕は、あの騎馬戦や応援合戦の時に見た、あの美しい翔の肉体を僕が独り占めできていることにこの上ない快感を得た。翔は僕だけのものだ。そんな感覚を翔と肌と肌を直接触れ合わせ、抱き合いながらより強固にするのだった。
後日、湊は、体育祭での僕らの写真をたくさん送ってくれた。湊は、部員全員が出場した競技で、それぞれの部員の写真を撮っていてくれたのだ。それらを皆で見ながら、再開した部活の時間、僕らは大いに盛り上がった。
あれ以来、いじめっ子たちが僕らの噂を流したり、たっちゃんをいじめることはパタリとなくなった。むしろ、僕らを見かけると怖がって逃げて行くようになった。結局、弱そうに見える者にだけ強く出るやつらだったのだ。今ではすっかり弱味を握られて、手も足も出ないのだ。僕は会えば普通に「おはよう」と声をかけるんだが、それだけで彼らは縮み上がるようだ。何も、そこまで腫物に触るように扱わなくてもいいのにな。
もう、彼らによってたっちゃんがいじめられることもなくなった。主犯格がすっかり大人しくなったのを機に、「ホモ部」という料理部の別名も誰も言わなくなってしまった。栄斗は、これまでよりもより、料理部へ顔を出してくれるようになった。
だが、僕はどこか釈然としないものを抱え続けていた。そうだ。この料理部で一番頼りにならないのは、他でもない、この僕なのだ。このたっちゃんの事件を解決に導いたのは湊の機転だし、乱暴な男子生徒に暴力を振るわれそうになった僕やたっちゃんを助けてくれたのは翔だった。部長なのに、この四人の先輩なのに、たっちゃんのことをうまく解決することもできず、いじめっ子から部員たちを守ることさえできなかったのが、この僕なのだ。
もっとしっかりしないと。いつまでも翔に甘えてばかりじゃいけない。だって部長だもの。僕は心の中で決意した。
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