第8話 策略

 昼休み、僕らは湊の指示通り、校庭脇に集合し、昼食をともにした。だが、翔と嶺くんは湊の指示で、別の場所で昼食を取ることになっていた。なにを始めるつもりなんだろう。僕がどきどきしながら昼食を食べ終わり、部員たちと雑談をしながら待っていると、


「おい、あいつ、どこ行ったんだよ?」


という声がする。振り返ると、あの三人組が僕らのすぐ後ろに立っているではないか。僕らの間に一気に緊張感が走った。今、こいつらがここに来ても、頼りになる翔もいない。たっちゃんはすっかり顔面蒼白になっている。栄斗は隠れることもできずに、その場に立ち尽くしていた。


「あ? なんでお前らがここにいるんだよ!」


男子生徒が僕らに迫って来る。


「き、君たちこそなんでここに?」


僕がそう彼に尋ねると、


「知るかよ。知らねぇやつにここで話があるって呼び出されたから来ただけだわ。しかも、そいつ、急にいなくなるしよ。どうなってんだ」


と言う。僕も訳がわからない。


「つか、お前ら、またつるんでんのかよ。本当、仲いいよな」


「ホモ部だけに、ここでこっそりチョメチョメしてたんじゃねーの?」


「上原までこいつらの仲間だったのかよ。お前もホモとか、サッカー部のやつら、聞いたらびっくりするぜ」


栄斗の顔が凍り付いた。三人の笑い声が上がった。


「おーい、たっちゃん! 今日も女子になったつもりですかぁ?」


「そんなに女になりたいんだったら、金玉取ってやろうぜ」


「いいないいな! ここなら誰も見てねぇし」


こいつら、本気で言ってるのか?たっちゃんはもう恐怖に倒れそうな様子だった。


「そんなこと絶対だめだって!」


止めようと僕は立ちふさがろうとしたが、小柄な僕は「邪魔だ!」とその太った男子生徒にはねのけられ、しこたま尻を地面に打ち付けた。そして、三人はたっちゃんに手をかけた。もうおしまいだ。その時、


「はーい! どうもありがとうございまーす。いい画が撮れましたぁ!」


と、湊がひょいっと木陰から出て来た。続いて、翔と嶺くんも陰から現れた。


「おい、こいつ、何してんだ?」


「お前、こいつらの仲間だったのかよ!」


男子生徒たちは怒鳴り声を上げたが、この前手も足も出なかった翔を前に湊に襲い掛かることができない。おまけに、その翔よりも筋肉質な嶺くんまで湊の横に控えているのだ。湊はクスクス笑いながら、


「ほーんと、最高だよ、君たち」


と言った。


「君たちの会話も、君たちが一郎を突き飛ばしたのも、君たちがたっちゃんに手を出そうとしたのも、ぜーんぶ、この中に収めさせてもらったから」


湊はそう言って、楽しそうに、自分の携帯の動画メモリを再生した。すると、今までの三人組の横暴っぷりがすべて録画された動画が流れ始めた。


「てめぇ、舐めた真似しやがって!」


男子生徒が叫んだ。


「えへへ。怒られちゃった」


そう言って湊はケラケラ笑った。


「もし、この動画をネットで公開されたくなかったら、僕の言うことを聞くんだね」


「なんのつもりだ⁉」


「君たちが大人しく僕の言うことを聞いてくれたら、何もするつもりはないんだよなぁ。いい? これ以上、料理部のことをホモ部とか言ってバカにしたり、部員をホモだとか変な噂流したり、たっちゃんをいじめたりしないこと。もし一個でも破ったら、この動画、ネットに上げるから。あ、そうだ。担任の先生宛に貼付メールしちゃおうっかなぁ」


三人組は凍り付いた。


「どうする? 約束できる?」


小柄な湊は、三人組を下から見上げた。


「くっそぉ! 覚えとけよ!」


そう捨て台詞を吐いて、三人組は逃げようとした。


「ちょっと待ったぁ!」


と、湊が叫んだ。


「まだ話は終わってないんだよなぁ」


「なんだよ。まだあんのかよ」


男子生徒は半泣きだ。


「僕、この学校の生徒じゃないし、僕の見てないところで何かされても困るし、この動画、ここにいる料理部全員でシェアさせてもらうからね。もし、この中の誰かを傷つけるようなことをすれば・・・」


「わかったよ。もう何もしねぇよ」


「それから!」


と呼び止め、湊は三人組の方に歩いていくと、


「一郎とたっちゃんにごめんなさい、だよ?」


と言ってにっこり笑った。


「ごめん・・・なさい・・・」


三人は苦虫を噛み潰したような表情で僕らに謝ると、一目散に逃げて行った。


 彼らを見送ると、湊は手をパンパン払いながら、


「あー、面白かった! どう? 最高に楽しかったでしょ?」


と、満面の笑みを僕らに投げかけた。


「湊くん、すごい!」


「湊先輩、ありがとうございます!」


皆が口々に湊を賞賛し、湊を取り囲んだ。湊は照れ臭そうに笑いながら、


「ま、こんなものちょろいちょろい」


と言った。皆がわっと笑い声を上げた。僕はもう言葉もなかった。もう、湊には誰も敵わないよ、本当に。


「でも、こんなことして大丈夫なのか? 逆恨みでもされたらどうする?」


嶺くんは本気で湊を心配している。そんな嶺くんの心配を湊は笑い飛ばした。


「大丈夫だって。もしあいつらが僕になにかしたら、すぐにこの動画警察に出して被害届も出すから。そしたら、あいつらイチコロだよ」


おいおい、タフだな、こいつは。まったく、湊は僕の手に負えるような代物ではないよ。

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