第7話 腹に一物

 僕はすっかりしょげ返って家に戻ると、一人で部屋に閉じこもった。今日は、翔とも一緒にいたくなかった。カッコイイ翔に対して、情けない僕。その冷酷なまでの対比が容赦なく僕の心を蝕んだ。しかし、こういう時に、どうしても聞きたい声があった。僕は湊の番号に電話をかけた。


「はいはーい! いきなり、どうしたの? 僕の声、聞きたくなった?」


いつもの明るい湊の声だ。僕はその声にちょっと心が軽くなった。


「・・・うん。聞きたくなった・・・」


今日の僕はあくまでそんな湊に素直だ。湊に「そんな訳ないだろ!」なんて強がる元気もない、というのが正直なところだけど。


「やっだなぁ、一郎ったら。僕のこと好きすぎでしょ。もう、チューしちゃうよチュー!」


「あのさ、湊。ちょっと聞いてほしい話があるんだ」


僕は湊に、料理部のこと、体育祭のことを洗いざらい話した。


「へぇ、面白そうな部活だね。僕も入れてよ!」


なんて、湊はノー天気なことを言っていたが、たっちゃんのいじめの話に事が及ぶと、おちゃらけるのをやめて、しばらく静かに僕の話を聞いていた。ところが、僕の話を聞き終わると、


「楽しそうなことになってるじゃん」


と、いかにも楽しそうに言うのだ。


「どこが楽しいの?もう、僕、どうしたらいいか、わからないよ」


そんな僕を湊は笑い飛ばした。


「もう、一郎もまじめに考えすぎなんだよ。いい? 僕、一郎の体育祭、見に行くね。そのとき、楽しいことしよう」


「楽しいこと?」


「うん! とっても楽しいこと! 一郎のおかげで思いついちゃったんだ」


なんだかよくわからないけれど、湊ってこういう時、頼りにならなさそうで実は一番頼もしいんだよな。僕は、詳しくは聞かず、湊に全てを任せることにした。


「あー、でも楽しみだなぁ! 一郎が裸になってダンスするんでしょ? いっぱい一郎の裸の写真撮るね!」


「湊、それが目的で僕らの体育祭来るんじゃないよね?」


「え? うーん。どうだろ?」


「だめだからね! ていうか、別に裸になるっていっても上半身だけだし、変な写真撮ったら僕、容赦しないから!」


「えへへ!」


「えへへじゃないってばぁ!」


湊と話していると、僕も自然と笑顔になる。元気をもらえる。うん。体育祭のことを去年はつまらないイベントだと思っていたけど、今年はうんと楽しいことになるかもしれない。僕は胸がワクワクして来た。




 体育祭の当日、湊の指示で、体育祭の始まる前に、料理部員全員と翔が校庭の脇に集められた。湊と嶺くんと顔合わせをするのだ。一人、栄斗だけは、他の料理部員と一緒にいることを気にしてチラチラ周囲を気にしてばかりいる。


「そこ、脇見をしない!」


湊が大声で栄斗を注意した。


「はい!」


思わず、栄斗も大声で返事をした。そして、自分の大声が周囲に聞こえていないか、また辺りを気にするのだ。そんな栄斗の方に小柄な湊は近づくと、


「きみ、栄斗くんだっけ?」


と、栄斗を見上げて聞いた。


「は、はい。そうっす」


すると、湊はニヤッとして言った。


「これから湊様がとっても面白いショーを見せてあげるんだから、しっかり見とくんだよ」


「ショー・・・すか?」


「うん。だけど、皆にも協力してほしいんだよね」


協力? みんなが訳が分からずにいると、


「たっちゃんだっけ?」


と、湊がたっちゃんに話を振った。たっちゃんがびくっと反応した。


「は、はい。わたしです」


「たっちゃんをいじめてるわるーい人ってだぁれ?」


「え?」


「僕、その人とお友達になりたいんだぁ。教えてくれないかなぁ?」


「おいおい、友達ってお前何考えてるんだ?」


そういう翔のツッコミを湊はふんっと鼻で笑った。


「素人は引っ込んでな!」


「誰が素人だ、こいつ!」


湊相手にいつものようにムキになる翔を嶺くんが制止する。


「あの人ですけど・・・」


たっちゃんがあの僕に絡んできた大柄な男子生徒を恐る恐る指さした。


「ふうん」


湊は腹に一物ありそうな表情で彼を見つめてほくそ笑んだ。そして、湊は、昼休みにこの校庭脇の目立たない場所で、料理部員全員集まって昼を食べるように指示した。僕らは意味がわからなかったが、とりあえず湊の指示に従うことにした。




 体育祭が始まった。僕の出場する徒競走は開会式が終わってすぐだ。その後、僕の出番は昼休み後の応援合戦までない。それまでの間、僕は湊や嶺くんと一緒に体育祭の様子を見学することにした。晃司も自分の競技を終えると僕らに合流した。


 運動神経抜群の翔は花形競技の騎馬戦に出場し、見事に勝利を勝ち取ってみせた。上半身裸になり、煌めく肉体美を日の光に照らして騎馬戦に望む翔、勝って仲間たちと喜んでいる翔の少年のような無邪気な姿に、僕は思わず胸がどきどきするのだった。勝手にそんな翔の姿を見ていると股間がうずいて仕方ない。僕は、そんな姿を悟られないように思いっきり深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。


 そんな翔の様子を湊は楽しそうに写真にパシャパシャ収めている。晃司も騎馬戦の撮影に余念がない。そして、撮れた写真を僕らに自慢して見せた。


「見てください! めっちゃエロいでしょ!」


何のことはない。上半身裸で騎馬戦に出場する男子生徒を狙っただけのことだ。呆れた顔をしつつ、僕も気になってその写真にくぎ付けになってしまう。


「わぁ! 晃司くんへんたぁい!」


湊がきゃっきゃと喜んでいる。


「そういう湊くんだって、翔くんの写真撮るふりしながら、本当はイケメンの裸狙いでしょ?」


と晃司。


「湊!」


と嶺くんが怒ると、湊はペロっと舌を出してみせた。


「めんごめんご!」


僕らは笑い合った。いつの間にか、その場に栄斗、りっちゃん、たっちゃんの三人も合流し、料理部員が揃っていた。栄斗だけは周囲を気にして常に木陰にいたのだが。なんだかんだ言いつつ、このメンバーでいるのが全員居心地がいいのだ。騎馬戦を終えた翔まで僕らのところにやって来て、皆で体育祭を見ながら笑い合ったりじゃれ合ったりしながら時が経つのを忘れていた。


 気付くと既に昼休みの時間になっていた。

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