第6話 いじめっ子
体育祭の練習も佳境になって来たころ、僕の携帯に栄斗からメッセージが入った。見ると、「しばらく料理部へは行けません」とある。今は体育祭の練習で部活は休みなのに何を言ってるんだろう。まあ、恐らく体育祭の後にサッカー部の大会でもあるんだろうと僕は特に気にも留めなかった。ところがその日、晃司からどうしても体育祭の練習後に話がしたい、と言われ、部室に部員皆で集まることになった。
僕が夕方、部室に向かうと、一様に暗い顔をした部員が四人、そこに集まっていた。
「どうしたの?」
僕がそう尋ねると、たっちゃんが泣き出した。
「先輩、わたし、もうだめかもしれません!」
そう言ってただ泣き続けるたっちゃんに代わって、晃司が僕に状況を説明してくれた。
「一郎くん、応援合戦でたっちゃんと代わってあげたそうじゃないですか」
「うん。代わってあげたよ。それがどうかしたの?」
「それが結構、一年の間で噂になっていて。たっちゃんが応援合戦出なかった理由が、上半身裸になりたくないからって理由だって。でも、それを見ていたある生徒が、たっちゃんがオカマなんじゃないかって騒ぎ出して、ちょっとした騒ぎになってるんです」
僕は絶句した。僕が差し伸べたはずの手が、逆にたっちゃんを窮地に追い込むことになっていたとは。
「たっちゃん、今までもちょっとクラスでも女っぽいって評判だったのが、この件で一気にオカマだって話が盛り上がっちゃって」
晃司に続けて栄斗が言った。
「しかも、たっちゃん、料理部じゃないすか。で、部長が一郎くんすよね。一郎くん、ゲイだって有名だから、料理部自体がホモ部なんてバカにされるようになっちゃったんす」
は? 「ホモ」部だって? 僕は憤慨した。そんな風に赤の他人にこの場所をバカにされる覚えはない。
「僕も、お前もホモなんじゃないか、って言われたりして・・・」
「俺も、余計に料理部とサッカー部兼部していることがバレる訳にはいかなくなって。それで、しばらく部活に行けないってことになってしまったんす。すみません」
と、晃司と上原くんが言う。
「本当、わたし、許せないんです!」
りっちゃんはかんかんに怒っている。
「その噂を広めているのって、数人の男子なんですけど、素行も悪いし、暴力すぐ振るうし、誰も止められないんです。それをいいことに、たっちゃんをいじめて、料理部のことまで変な噂流すなんて、見てられません!」
僕も腹が立ったが、一方でどうしたらいいのか、よい案も浮かばない。でも、このままこんな噂が広まり続け、新入部員たちが肩身の狭い思いをし続けるのでは料理部の存続も怪しくなってしまう。
僕らはその場ではどうするか決めることもできず、とりあえず、その日は帰ることにした。僕らの間にはいつになく重い空気が流れた。とその時、
「あ、ホモ部じゃね?」
という声とともに、
「あ、そうだ」
「ホモ部だ」
「おーい、大神、ホモ部の男と乱交かぁ?」
という笑い声が響いた。たっちゃんがひぃっと小さく悲鳴を上げ、栄斗は急いで身を隠した。見ると、大柄な男子生徒を中心に、三人の男子生徒がニヤニヤしながらこっちを見ている。
「なに、あいつら?」
僕が他の部員に尋ねると、
「あいつらです! 主犯格のやつ!」
とりっちゃんが怯えた顔で彼らを見て答えた。晃司もすっかり委縮してしまい、部員全員が怖くて震えている。僕も、あんな大柄の男子生徒に立ち向かう勇気がなく、そこで立ち往生していると、向こうから僕らの方に歩いて来るではないか。
「あ、ホモの部長さん、ちーす!」
顔も見たことのない先輩の僕に向かって、その男子生徒はそんな馴れ馴れしいセリフを吐いて来る。
「あのさ、君たちなの? たっちゃんのこといじめてるの?」
僕は勇気を振り絞って毅然と対応しようとした。そんな僕を見て、その三人組は笑い出した。完全に僕は舐められてる。
「たっちゃんって誰のことだ?」
「達也だから、大神のことだろ」
「ウケる。たっちゃんだって! おーい、たっちゃん。こっち向けよ」
たっちゃんはさらに怯えて身を固くした。彼らは悪びれることもなく笑いながら
「いじめてるって、何かしたっけ、俺ら?」
「本当のこと言っただけじゃんな?」
「そうそう。オカマにオカマって言って何が悪いんだよ」
と言い合った。
「悪いよ!」
僕は叫んだ。
「現にたっちゃんは傷ついてるんだ。そんなこと言って笑うのはやめてくれないかな? 後、この部員たちは料理部の部員だから。ホモ部とか変な名前つけるのやめてよ」
そんな僕を三人組は嘲笑った。
「だってホモの部長にホモのたっちゃんだろ? 実際ホモ部で問題ないじゃん。なぁ?」
「そうだそうだ」
「おい、荒川。お前もこいつとつるんでるんだから、ホモなんだろ? さっさと白状しろよ」
晃司はビクッとして僕の後ろに隠れた。僕はたまらず、
「いい加減にしろ!」
と怒鳴った。すると、へらへらしていた三人組の笑みが消えた。下に見ていた僕に怒鳴られたことが、彼らの逆鱗に触れたらしい。いきなり一番大柄な男子生徒が僕に詰め寄って来た。
「なんだ、てめぇ、ホモ野郎のくせに偉そうな口聞きやがって!」
その男子生徒の拳が高く振り上げらた。殴られる! 僕が身構えた時、その手が後ろから誰かに捕まれた。
「おい、誰だよ! 離せ、バカ野郎!」
男子生徒が暴れる。見ると、翔がその男子生徒の腕をがっしりとつかんでいた。助かった。僕はそう思うのと同時に、今まで張っていた気が一気に緩み、へなへなとその場にへたり込んでしまった。
「俺の一郎に何する気だ?」
そう言って凄む翔に、
「ホモ部長の彼氏かよ。舐めた真似しやがって!」
と、その男子生徒は反撃しようとした。すると、翔がさらにその腕をねじり上げた。「いてててて!」というその男子生徒の叫び声が上がった。
「これ以上一郎になにか危害を加えるなら、俺が容赦しない」
翔がそう言って三人組を睨みつけた。一番大柄な男子生徒はチッと舌打ちをすると、他の二人を引き連れて一目散に逃げて行った。
「なんだ、あいつら?」
翔は怒りが収まらない様子だ。
四人の部員たちは、翔が華麗にいじめっ子を追い払ったのですっかり驚嘆し、自然と拍手が沸き起こった。
だが、僕は自分が情けなくて仕方なかった。翔がいなければ、僕は今の状況をどうすることもできなかったはずだ。部員一人守ってやれない部長の僕って何なのだろう。身長が165センチしかなく、やせ型で力もない僕は、こういう場面にあくまでも非力なのだ。しかも、今投げかけられた「ホモ野郎」「オカマ」といった言葉が、あの廉也を連想させ、余計に僕の気分を悪くさせた。僕はこの後、誰とも会話する気分にもなれず、黙ったまま皆と別れ、帰途に就いた。
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