第4話 新製「料理部」出発進行

 こうして、新料理部がスタートした。部長の僕、四人の新入部員の五人体制に、おまけの翔といった布陣だ。翔は部活の時間中、基本的にずっと勉強しているだけだが、たまに僕らの話に入って来ては楽しくわいわいしている。


 たっちゃんはあの日以来、部活中は明るい笑顔も見せてくれるようになった。木村さんに貸してもらったメイク道具でメイクしてみたり、僕らゲイの部員と好きな男の子の話をしたり、一緒にいて結構楽しい。

 

 上原くんはサッカー部の練習がメインであまり顔を出すことはなかったが、部活終りにたまに部室に顔を出しに来る。サッカー部の部員たちに、彼がバイセクシュアルであることは知られたくないので、料理部と兼部していることは秘密にしているらしい。絶対にその秘密を守って欲しいと、僕は再三頼まれた。


 晃司くんは、すっかり僕や翔に気を許して、いろいろな話を打ち明けてくれた。親に内緒で見ているエッチなビデオの話がほとんどだったが。晃司くん、真面目そうに見えて、実はなかなか「性」に貪欲だ。彼の携帯の画像や動画メモリには、たくさんの男の裸が収められている。晃司くん所有のパソコンにはもっとたくさん隠してあるそうだ。彼には恐れ入るよ。その上、晃司くんが一度タガが外れると、好きな男の話を延々と始めるのだ。同じクラスの誰々が可愛いとか、この前街ですれ違ったイケメンの話とか、尽きることがない。あまりにも親しく男の話を繰り広げるので、僕も翔とすっかり意気投合して話に花が咲くようになった。


 木村さんは、一番料理部らしい料理部員で、僕の料理部としての今後の活動方針に一番親身に相談に乗ってくれた。木村さんは木村さんで、他校に付き合っている彼女がいるらしいが、あまりその話はしようとはせず、あくまで料理部員として僕と付き合ってくれている。エロ話に熱中するあまり暴走する晃司を止めるのも彼女の役目だ。何から何まで頼りになるので、ついつい木村さんが部長になったような錯覚に陥る。

 

 僕らはこんな感じでだいぶ仲良くなり、僕は男子二人のことを「栄斗」「晃司」と呼ぶようになった。逆に、栄斗と晃司は僕のことを「一郎くん」と呼ぶようになった。ちなみに、二人は翔のことも「翔さん」と呼ぶようになり、僕も翔も彼らにとってはもう先輩としての威厳もなにもないようだ。木村さんのことは、「りっちゃん」と呼ぶようになり、逆にりっちゃんとたっちゃんからは「一郎先輩」と呼ばれている。二人は翔のことも「翔先輩」と呼んでいるので、一応、二人には僕らは「先輩」として見てもらっているようだ。


 そんな僕らの新製「料理部」としての初の大イベントは、新藤前部長と水沢先輩の送別会ということになった。新入部員が四人も増えたので、これで今まで僕を支えてくれた二人の先輩も引退だ。


 差しあたって、送別会の準備をしなければならないのだが、料理部のくせに、晃司と栄斗は案の定ほとんど料理ができない、ということが判明した。たっちゃんはやる気は十分だが、例の親御さんの問題で料理はほぼ未経験だ。


 そういうわけで、僕とりっちゃんでほとんどの工程を進めることになった。たっちゃんは積極的に手伝ってくれるが、晃司は味見要員、栄斗に至ってはできた料理を食べにくるだけだ。翔は部室にいてくれたものの、いつも晃司とエロ話に花を咲かせるか、味見をするかで大して役に立たない。


 それでも、何とか木村さんの力もあり、送別会の準備が完了した。後は、先輩二人を呼ぶだけだ。




 先輩二人は、最初、四人集まった新入部員に大喜びしていたのだが、新入部員が全員同性愛者やらトランスジェンダーやらであることがわかると、二人とも一瞬、あまりの驚きに目を見開いた。そりゃそうなるよね。

 

「因幡くん、すごい部活になったね」


と新藤前部長は新入部員を見渡してそう言った。


「因幡くんのこと、新入生の間でそんなに噂になっていただなんてびっくりした」


と水沢先輩が続ける。


「ま、でも、あれだけ全校生徒の間で有名になれば、新入生に知られていても不思議じゃないかもね」


確かに新藤前部長の言う通りだ。僕と翔の関係は、現二、三年生の中で知らない者はいないのではないだろうか。


「なんか料理部の活動目的が変わって来ちゃう気もするけど。セクシュアルマイノリティのための憩いの場、みたいな」


と水沢先輩が笑った。やっぱりそう思うよね。僕も、もうこの部活を「料理部」と呼んでいいのか考えてしまう。


「実は、わたしも、一郎先輩が料理部の部長になるって知ったときに、わたしがわたしらしくいられる場所になるのかもしれない。そう思って入部を決めたんです」


と木村さんが言った。


「わたしもそうです」


「僕は、一郎くんに話聞いてもらった時から、一郎くんと同じ部活に入ろうって決めてました」


「俺は、一郎くんにたまに相談したいこととかあったときに、気軽に会いに来れる場所だからかな。とかいって、ほとんど来てないっすけど」


と、たっちゃん、晃司、上原くんの三人も木村さんに同意した。


「へぇ。因幡くん、人望あるじゃん」


と言って、新藤前部長は僕にニヤリと笑いかけた。


「なんか、この高校のオアシスって感じの場所ね」


と水沢先輩。


 オアシスか。その水沢先輩の言葉が僕の心の中に残った。そんな場所を僕はずっと中学時代に求めていた。翔と出会って、その場所は翔の元になった。そして、今は料理部が僕のオアシスだ。僕が僕であることを認めてもらえる場所。それは、他の部員たちにとっても同じだ。この学校でオアシスとなる料理部。そんな部活、いいかもしれない。僕は妙に納得した。

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