第3話 四人目の部員
「面白くなって来たな」
翔は新入部員の顔ぶれを話すと、そう言って笑い転げた。
「笑いごとじゃないって。もう、料理部なのかなんなのかわかんないや」
「いいじゃん、いいじゃん。楽しんじゃえよ。こんな部活、全国の高校探したってお前んとこだけだぜ」
「全国って・・・。はぁ、どういう部活にしていけばいいんだろ。ちゃんと今まで通り料理できるのかな? 上原くんとか、絶対料理しなさそうだし。翔も僕と一緒に部活に出てよ」
「いや、俺、受験生だから無理だよ」
「そこにいるだけでいいから。ね? お願い!」
「ったく、一郎も世話が焼けるな。俺の勉強の邪魔絶対にしないって約束できるか?」
「するする! 絶対に約束するよ!」
「もし、俺の勉強に支障が出たら、俺、もう行かないからな」
「それでもいいから。お願い。助けて」
翔は渋々僕と一緒に料理部に来てくれることになった。翔がそばにいてくれるだけでも、僕の心持ちは全然違う。何かあれば、翔が助けてくれるだろうしね。
こうして翌日からの部活には、翔も部室にいてくれることになった。僕は放課後、翔と二人で部室へ向かうと、サッカー部の練習でこの日は来ないことになっている上原くんを除く晃司くんと木村さんに加え、一人の男子生徒がもじもじしながらそこに立っていた。
「入部希望者だそうです」
と、木村さん。おいおい。昨日二人入部で、今日一人ですか。どんどん増えていくな。で、今度はどんな人なんだ?僕は、もう大方彼がゲイかバイだろうと予想がついていた。
「・・・はじめまして。
大神くんは聞こえるか聞こえないかの声で僕に自己紹介してきた。
「どうも。僕が料理部部長の因幡一郎です」
「俺は、部長の彼氏の赤阪翔です。俺はただの一郎の付き添いなんで、気にしないでね」
僕を除く三人の視線が翔に集まった。
「因幡先輩、部活はデートの場じゃないですからね」
と、晃司くんが呆れたように僕に注意した。
「いや、やっぱり僕だけじゃ部長としてやっていけるか不安で」
僕は頭をぽりぽりかいた。
「ちょっと、因幡先輩が部長なんだからしっかりしてください」
木村さんにまで叱られ、僕は居心地が悪くなり、慌てて大神くんに話を振った。
「あ、そうそう。大神くんの入部届もらえるかな?」
「あのぅ、大神くんって呼ぶのやめてもらえないでしょうか」
大神くんがおずおずと僕にそう頼んできた。おいおい。今度はなんなんだ?
「わたし、たぶんMtFなんです」
「えむてぃーえふ? ってなに?」
何のことなのか理解できない僕を尻目に、翔が
「トランスジェンダーってやつだろ?」
と聞くと、大神くんが頷いた。
「トランスジェンダー? 何なの、それ?」
飽くまでも無知な僕に、翔がその「トランスジェンダー」とやらを説明してくれた。つまりは、生まれついた性と自認している性が違う、ということらしい。MtFというのは、生まれた性が男性で、自認する性は女性、ということになるそうだ。
「ああ、なるほどね。わかった」
「本当にわかってます?」
木村さんが怪しむ。なんか僕、とことん頼りない部長らしいな・・・。ちょっと落ち込む。
「わ、わかってるよ」
そう返事をする僕の声は少し上ずっていた。こんなことじゃダメだ。部長らしくしっかりしなきゃ。僕は大神くんの方に向き直った。
「で、なんて君のことは呼べばいいの?」
「たっちゃんって呼んでもらえますか?」
「わかった。じゃあ、たっちゃんで。たっちゃんは料理が好きだったりするの?」
すると、たっちゃんは首を横に振った。え。ここ料理部ですよ!
「ごめんなさい。わたし、料理をしたいというより、因幡先輩と同じ部活に入りたかったんです。因幡先輩がゲイをカミングアウトされたって聞いていたので。わたしも因幡先輩と一緒なら、自分を隠さなくていいと思えたから」
なんか、この料理部の新入部員って全員このパターンだな、おい!
「それに、わたし、家で料理したことないんです」
料理部員が料理したことないって・・・。僕はもう苦笑するしかなかった。
「ああ、そうなんだ。じゃあ、料理部でいろいろ勉強しないとね。料理上手になって家で作ってあげたりしたらお父さんやお母さんも喜ぶよ」
「いえ。それがダメなんです」
「へ?」
「わたし、家でキッチンに立つことを許されてないんです」
僕はびっくりした。家のキッチンにさえ入れないとはどういう家なのか、想像もできなかった。
「わたし、ずっと小さいころから女の子っぽいと、いじめられて来たんです。だから、うちの両親がもっと男の子らしくするようにって、厳しく躾けられて来て。料理なんて女のするものなんだから、お前はキッチンに入ることも許さないってお父さんに言われたんです」
皆言葉を失った。
「女の子の友達を作るのもだめって禁止されて。わたし、女の子の友達しかいなかったのに。だから、家に友達を呼んだこと、一度もないんです。怒られちゃうので。
中学校の時、やりたくもない野球部に入れられました。でも、オカマオカマって部員に笑われて、一か月で辞めました。それが親にバレた時、わたし、ひどく叱られて無理矢理野球部に連れ戻されて・・・。でも、わたし、どうしても野球できなくて、結局三年間マネージャーをすることで許してもらいました。ずっとその間、野球部員にもクラスの皆にもオカマっていじめられて、本当につらかった。
でも私、どんなに男らしくしろって言われても無理なんです。どんなに男らしくしようと努力しても、どうしても心の中では男らしくなりたくない自分がいて、それ以上男らしく振舞うことができなくなってしまうんです。
本当は学校にこんな男子の制服で来ていることも嫌。こんな低い声も嫌。男の子の髪型なのも嫌。男子トイレを使わなければならないのも嫌。髭が生えて来たとき、わたし、ぞっとしました。本当に、こんな身体、捨ててしまいたい。
でも、そんなこと親には言えません。怒られるだけなので」
たっちゃんは目にいっぱいに涙を溜めていた。木村さんがそっとハンカチを渡した。たっちゃんは涙をそのハンカチで拭うと話続けた。
「わたし、それでも中学時代に初めて好きな人ができました。同じクラスの男の子で、生徒会長もしていました。彼だけは、わたしのこといじめずにいてくれた。彼はわたしに対して偏見なんてないと思ってました。唯一、わたしに優しくしてくれる男子だった。だけど、わたしを一番オカマっていじめていた男子のグループを陰で操っていたのがその生徒会長だったんです」
僕の脳裏に、廉也の姿が過った。
「・・・僕と一緒だ・・・」
僕は思わずそうつぶやいていた。
「僕も、中学時代、好きだった同級生にいじめられたよ。僕もずっとその同級生のことを信じてた。でも、裏切られた。つらかったよね、本当に」
僕がそう言うなり、たっちゃんはわっと泣き出した。皆が慌ててたっちゃんをなだめたりすかしたりするが、なかなかたっちゃんは泣き止まない。やっと涙が収まってきたたっちゃんは涙でぐしょぐしょの顔を上げて、僕にこう聞いた。
「わたし、この部活の中では女の子でいてもいいですか?」
僕らの中の誰一人、嫌と言う者などいるはずがなかった。そんな僕たちを見て、たっちゃんは初めてはにかんだ笑顔を見せた。
「ありがとうございます」
たっちゃんははにかみながら、相変わらず小さな、しかし、最初よりは幾分大きな声で礼を述べた。
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