第二部

プロローグ

 公園の桜が満開だ。やっと長かった寒い冬が終わる。春が、やって来る。


 僕も小学校から中学校に至るまで、ずっと引っ込み思案で一人ぼっち、自分を否定し、引きこもったあの時期が長い冬だとすれば、爽やかな春が訪れたような感覚で、僕は桜を眺めていた。


 今日、僕は翔とともに、湊と嶺くんの街へ来ている。僕と湊は高校二年生、翔と嶺くんは三年生になった。僕ら四人が去年の夏のイベントで僕らは出会ってもう八か月になろうとしている。でも、僕らはもっと長い時間一緒にいる気がする。それだけ濃密な八か月間だった。


 この日集まったのは、湊と嶺くんの住む街にある桜の名所といわれる場所で花見をするためだ。僕はこのために、今朝三時起きで弁当を作ってきた。弁当はものの十分で空になり、今は満腹感と春の心地よい日差しに、僕らはつい、うとうとしていた。僕と翔。湊と嶺くんで抱き合いながら。


 僕が目を覚ますと、周りの人たちがひそひそ話しながら僕たちを見ている。男子高校生が四人で抱き合って寝ているのだ。そりゃ、注目の的にもなるか。


僕が周囲をグルリと見回すと、僕らを見てヒソヒソ話をしていた人たちは一斉に何事もなかったかのように視線をそらす。その中で、どこかの小学生の男の子が僕に話しかけて来た。


「お兄ちゃんたち、何で抱き合って寝ているの? 仲がいいの?」


「うん。仲いいよ。僕たち、恋人なんだ」


「ゲェ! お兄ちゃんたちホモ? きもちわるーい!」


男の子はそう言って顔をしかめた。僕は一瞬その言葉に心がうずいたが、一旦気持ちを落ち着けるために深呼吸をした。そして、優しく穏やかな調子で


「そうだよ。僕たちはゲイなんだ。でも、僕たちは自分たちのこと気持ち悪いなんて思ってないよ」


と男の子に言った。


「えー? だって、男同士で付き合ってるんでしょ? おかしいよ」


「きみにとって、僕たちはじゃないかもしれないね。だけど、僕たちにとっては男同士でいることがなんだ。をひとつに決める必要なんてないんじゃないかな? 世の中にはそれぞれ、いろんな人が自分とってのをもっているんだから」


「いろんな?」


「うん」


僕は笑顔で頷いた。男の子は難しそうな顔をしている。その時、


「ほら、そんなところで何してるの? 早く行くわよ!」


男の子のお母さんらしき女性が男の子を呼んでいる声が聞こえて来た。


「はーい!」


男の子は走って行った。




 その時、翔が起き出した。


「一郎、誰と何話してたの?」


と翔が眠い目をこすりながら僕に尋ねる。


「知らない子だよ。僕たちがホモなのって聞いて来たから、そうだよって答えてた」


「え? なんでそんな話になってるわけ?」


「そんな話っていうか、僕たち抱き合って寝てたでしょ。だからじゃない? みんな、僕たちの方見てたよ。ほら、そこの二人なんかまだ・・・」


僕が相変わらず気持ちよさそうに寝ている湊と嶺くんを指さす。湊は翔はそんな二人を慌てて叩き起こした。


「おい、起きろ!  周りの人に見られてるぞ!」


「え、やべ!」


嶺くんは飛び起きた。


「嶺、まだ眠いよぉ。起きるんだったら、膝枕して」


湊は嶺くんに甘えている。


「だめだ」


「なんでだよ! みんなに見られたっていいじゃん。僕と嶺のラブラブっぷりを見せつけてやろうよ」


「だめだったらだめだ」


いつもの湊と嶺くんの「夫夫喧嘩」が始まった。まぁ、僕らはもう十分にラブラブっぷりを周囲に見せつけたと思うけど。


「そういえば、湊は嶺くんとのこと、学校でオープンにしてるの?」


湊があまりに嶺くんに衆目の前でじゃれついているので、僕は湊に聞いてみた。


「知らない。たぶん、皆知ってると思うけど。だって、僕が今の高校に転入した理由、結局バレちゃったし」


「え? そうだったの?」


「うん。僕のこと陰で噂してるやつもいたけど、僕、そんなの興味ないや。嶺くんといられればそれでいいもん」


湊、アプリで出会った男に脅されて警察沙汰になったことを機に、嶺くんの学校に転入したんだよな。結局、元の高校に居づらくなって。また転入先の学校で偏見の目に晒されているのは、ちょっと可哀想だ。


「嶺くんはいいの?」


「いいよ。俺のことも噂してるやついるけど、放っておいてるし。ああ、元カノには話したよ。めちゃくちゃ怒られて、もう口もきいてくれてない。仕方ないよな。俺がいけなかったんだ。好きでもないのに付き合ったりして。本当に申し訳ないことしたと思ってる」


嶺くんの立場もつらい。嶺くんの元カノの心情を考えると、心が痛い。


「でもさ、俺たち、本当はもう何も隠すものないはずなんだぜ。俺と一郎なんか、学校でもオープンにしてるしな。それなのに、どうしてこうやって外に出て、こうやってデートしてると、気まずい気分になるんだろうな」


と翔が言った。確かにそうだ。僕と翔は友達にも家族にも全員、僕たちの関係を伝えている。でも、こうやって外で堂々とデートすることはいまだに、少しは他人の目が気になってしまう。


「仕方ないよ。隠すつもりはないけど、変な目で見られるのは嫌だからな。好んで不快な気持ちになることないだろ?」


嶺くんの言う通りだ。僕だって、さっきの小学生の男の子みたいなことを言われ続けるのは傷つく。


「なんだかんだ言って、俺たち住んでる場所も遠いし、毎日会えるわけじゃないもんな。学校でもお前らが一緒だったらもっと心強いけどさ」


と、嶺くんは続けた。


「うん。特に一郎がいてくれたら百人力だよね」


と、湊。


「俺はどうした? 俺は!」


翔がまた湊に目くじらを立てている。


「翔くんはちょっと頼りない」


「お前、言わせておけば!」


翔と湊は追いかけっこを始めた。そんな二人を横目で見ながら、僕は言った。


「やっぱり、もっと身近に仲間、ほしいよね」


「うん。ほしい。一郎も翔も、俺と同じ大学受けたらいいよ」


「あはは、それ、名案」


僕らは笑い合った。


 でも、確かにそうだ。僕には学校に何人も理解してくれる人がいる。だけど、やっぱりゲイの友達がもっと学校にいたらいいのにな、とは思う。


「そういえば、あの晃司はどうなったんだ?」


「あ、信一の弟? 特に何も聞いてないや。学校始まったら会うと思うし、そこでまた話ができると思う」


すると、嶺くんがとある提案をした。


「お前、ゲイの生徒を集めて部活でも作ってみれば?  お前、学校でオープンにしてるし、隠す必要もないから、作ろうと思えば作れるだろ」


確かにそれはいい案だ。だが、果たしてそんな部活を作ったところで、何人入ってくれるだろうか。ゲイやバイの部活を謳えば、必然的に全校生徒から「ゲイやバイの男子生徒が集まる部活」として注目を浴びることになる。そうなると、自分の性的指向を隠している子が多い中、人が集まるのか不透明だ。


「うーん、でも、作ったところで来てくれるかどうかはまた別だしね」


「まぁ、そう言われてみればそうだな」


なかなか理想的な環境を作るのは難しい。

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