第47話 もう隠し事はしない

 翔は、湊と嶺くんが帰った後、僕にこう言った。


「悔しいけど、一郎と湊はめっちゃいいコンビだったわ。俺は完敗だ」


「そんなに?」


「ああ。いいダブルス組んでるなって思った」


「なんか、僕、湊とはすごく気が合うんだ。何でだろ? 湊は翔とは違った意味で好き」


「なんとなくわかるような・・・」


翔は少々落ち込んでいるようだ。


「湊はすごいなって思う。家族に嶺くんと付き合っていることが知られても、あんなに強くいられるって。ちょっとうらやましいな。もう、家族の前で友達としている必要がないんだから」


「うん」


翔はそう頷いたっきり、ずっと思いつめたような表情をして黙っていた。


「翔? どうかしたの?」


僕があまりにも翔の沈黙が長いので、少し心配になって尋ねると、翔は目をつむって息を大きく吐いた。そして、このように言った。


「俺、決めたわ。もう、誰にも隠し事はしたくない。学校でも、俺はお前のことオープンにしたし、後は、俺、家族だけなんだ。もう、お前とのこと隠すのやめるわ。誰がどう思ってもいい。湊見ていて、俺、正直に全てを告白しようと思う。一郎はどう思う?」


僕は、この翔の一言で、最後に僕の心に引っ掛かっていたものがすっと軽くなる気がした。


「うん。僕も父さんにちゃんと言う。もう、僕、正直、前みたいに怖くない。どんな結果になっても、僕はもう強くいられる気がする。しよう、カミングアウト」


僕らは手を取り合った。


 


 翔は両親を前に改まって僕と座った。


「なになに? そんなに大事な話?」


と、翔のお母さん。翔は目をつむって大きく呼吸した。そして、テーブルの下で僕の手を握った。僕も強く翔の手を握り返す。


「俺、今までずっと隠していたことがある」


僕らの方を二人はじっと見つめて来る。僕も息を呑んで翔の方を見つめた。


「俺と一郎は、実は友達じゃない。一郎は俺の恋人なんだ」


翔は声が上ずることもなく、とにかく冷静沈着だった。僕がこんな頼もしい翔を見たのは初めてかもしれない。この姿には崇高な気品まで漂っている気がした。しばしの沈黙が流れる。そして、翔のお母さんがまずその沈黙を破った。


「知ってた。もう、ずっと前から。ね、お父さん?」


僕と翔は思わず顔を見合わせた。


「ああ。二人の様子を見ていたらわかるよ。でも、こっちから何て聞いたらいいかわからないし、お前たちが言い出すのを実は待っていたんだ」


「え? は? はあ? それ、本当に?」


翔の両親は顔を見合わせて笑った。


「そうよ。だって、こんな毎日一緒に相手のお家に寝泊まりする親友なんてちょっと不自然だと思って。でも、二人があんまり仲がいいから、もう、あなたたちがそうしたいなら、わたしたちがとやかくいう筋合いなんてないわよ」


「一郎くんも、もう家族みたいに馴染んでいたしな。翔が嫁さんじゃなくて婿さんを連れて来たような感覚で見ていたよ」


「そうね。一郎くんは、もう息子のように見えてきて仕方ないわ」


僕らは亜然としていたが、しばらくしてだんだん状況が飲み込めてきた翔はテーブルの上に突っ伏した。


「なーんだ。だったらもっと早く言ってよ。俺、これ言うの、すげぇ緊張したんだから」


「いや、だって俺たちだってそんなことお前たちに聞くのも緊張するだろうが」


なんだ、この親子。両方ともに言い出したくても言い出せなかったってだけなのか。僕もすっかり拍子抜けしてしまった。


「ただし、あんたたち二人とも、一緒に寝るのはいいけれど、ちゃんと使用済みのティッシュくらいはゴミ箱に捨てなさい。翔の部屋を掃除するの、いつも本当に大変だったのよ」


と、お母さん。僕らは首まで赤くなるほど恥ずかしくなった。


「そこまで見てたのかよ。もう、嫌だわ。俺、ちょっと外出て来る」


翔は部屋を飛び出して行った。僕もそんな翔を追いかける。


「遅くなっちゃだめよ」


お母さんの声が後ろから聞こえた。


「あー、もう本当ないわ、俺の親。何で俺の部屋勝手に覗いてるんだよ。もう、最悪だ」


翔は頭をかきむしった。


「僕たちもいけないんだよ。ちゃんとティッシュ、使った後に捨てなかったから」


「それ、口に出してもう言うなって。もう、まじで母さんの顔見れないわ、俺」


そんな翔を見ていると、僕はなんだかおかしくなってきて笑い出してしまった。


「あははは、でも、翔のお父さんもお母さんもいい人じゃん。ティッシュは最悪だったけどさ」


「あー、もう、だからティッシュ言うなって!」


そんな翔も僕に連れられて笑い出した。僕らはしばらく腹を抱えて笑い転げた。




 翔の方はこんな感じでよかったんだが、僕の方はちょっとあまりわかってもらえたとは言い難い状況だ。


「ああ、そうなのか。まあ、お前たちがいいなら、それでいいんじゃないか」


とだけ答えた父さん。僕らがほっとしたのも束の間、こんなことを言い出したのだ。


「まぁ、でも翔くんも一郎も、いつまで、そのなんていうんだ? 同性愛者だっけ? 同性愛者でいつまでいるのかわからんし、高校生のうちにはそういう気の迷いもあるからな。あぁ、早くお前らが結婚して、子どもでも作って、それぞれの家庭を築いてくれたら、俺も翔くんの親御さんも安心だ」


僕らは呆気にとられた。


「あ、あのね、父さん。僕は、もう女の人を好きになることはないし、これからもずっと翔と一緒にいるつもりだよ」


「そんなこと言うけど、お前、人の心っていうのは変わるもんだ。またいつ女の人を好きになるかだってわからないじゃないか」


「だから、それはないんだってば!」


「何でさ? 何でお前はそんなに将来女の人を好きになることを否定するんだ?」


「じゃあ、父さんはこれから男の人を好きになれる? 人の心は変わるんだよね? だったら、男の人を五年後や十年後に好きになってる可能性はあるわけ?」


「そんなわけないだろ。だって、男が女を好きになるのは普通のことなんだから、なんで今から正常じゃない方向に傾く必要があるんだ?」


僕はかっと頭に血が上った。


「正常って、今の僕は異常だってこと? なんでそんなこと言えるの?」


「何も、お前が異常だ、なんて俺言ってないじゃないか。何をそんなにムキになってるんだ? 俺、なんか変なこと言ったか?」


「変なことしか言ってないよ。もう、父さん何にも理解してくれないんだね。もういいよ! 知らない!」


僕はすっかり頭に血が上り、自分の部屋に帰り、ベッドに身を投げ出した。


「一郎、怒っても仕方ないよ」


翔が僕を慰めた。


「仕方なくなんかないよ。何で、僕が女の人を好きになることが前提なの? なんでそういう方向に話を持っていかないと気が済まないの? 正常ってなに? わけわかんないよ」


怒りを通り越して僕は悔しくて涙がこぼれた。泣き出す僕を翔はそっと抱きしめた。


「でもさ、お前も自分が異常だってずっと思い続けて来たんだろ? 晃司にもそう言ってたじゃないか。お前がお前のこと、異常だと思わなくなったのはいつだ? もう、つい最近のことじゃないのか?」


僕はコクッと頷いた。


「だったら、一郎の親父さんだってすぐに理解できないのは仕方ないよ。根気強く、話していって理解してもらうしかない。もしかしたら、もう理解してもらえないかもしれない。俺の親だって、あんなこと言ってたけど、まだまだ俺らを誤解している部分も大きいと思う。だけど、そこで俺らが諦めたら終わりだよ。ちゃんと向き合って話そう。少なくとも、俺たちは湊や晃司みたいに、家を出て行け、とか、そんな関係やめちまえ、とか言われたわけじゃないんだ。それに比べたら全然よかったじゃないか。な?」


確かに、言われてみればそうだ。僕が三年かかってやっと受け入れた僕自身を、今カミングアウトされたばかりの父さんにすぐに僕と同じように思え、なんて押し付けることはできない。何度も何度もちゃんと話して、理解してもらうしかないのだ。僕は涙を拭いて顔を上げた。


「確かに翔の言う通りだね。ここで泣いてちゃだめだ」


「一郎、えらいぞ」


翔はそう言って僕の頭をなでる。


「翔、上から目線!」


「ごめんごめん」


僕らは笑い合った。




 僕は四月から高校二年生になる。翔は高校三年生だ。僕は、これからもゲイとして生きて行く。大切な彼氏の翔、そして、湊と嶺くん、学校の友達、そんな大切な仲間とともに。そこが、僕の今の居場所なのだから。

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