第46話 力を貸すよ

 湊はこうして嶺くんとの関係を両方の家族に認めさせた上に、取り上げられていた携帯まで取り戻り、意気揚々と僕らへ会いに来た。湊が信一の弟の相談に乗る、ということに、翔はまた対抗心をメラメラ燃やし、


「なんであいつに相談なんかするんだよ。俺が全部解決してやるから、あいつは黙らせとけ」


なんて言ってる。だけど、翔さん、あなたじゃ湊には敵いませんって。


 湊は相変わらず、いつものノー天気なノリでキャッキャキャッキャはしゃいでいる。でも、もう僕はそれはそれでいいと見守ることにした。ああ見えて、決めるところはしっかり決めるのが湊だから。


 僕らは、僕の家で集まって話すことにしていた。僕らの前に現れた信一の弟はどことなしか、昔の僕に似ていた。おどおどしていて、人を怯えた表情で見、信一の後ろに隠れるようにしている。僕らが一人一人自己紹介するが、彼はほとんど僕らの方を見ようともしない。


「ほら、あいさつしろって」


信一に急かされるまま、信一の弟は消え入りそうな声で、


「荒川晃司こうじです」


とだけ答えた。こういうところも、中学時代の僕にそっくりだ。何となく、晃司くんの考えていることがわかるような気がする。


 僕らは六人で食卓を囲んで座る。そんな大きな食卓ではないので、かなりぎゅうぎゅう詰めだ。


「へぇ。晃司くんかぁ。なかなか可愛い顔してるね!」


湊がいつものノリで晃司くんをいじっても、彼はクスリともせず、余計に怯えたような表情で黙りこくっている。


「晃司くんって、どんな人がタイプなの? エロ本ってどんな本見てたの? タチ? ウケ? リバ?」


「おい、湊、すっかり委縮してるだろ」


と、翔が暴走しかける湊を止める。うーん、難しい。こういう感じだと、湊のポジティブ攻撃は逆効果な感じだ。信一は湊の押しが強すぎてポカンとしている。


「話したくないことは話さなくていいんだぞ? 何か俺たちに聞きたいこととかないのか?」


と、嶺くんが優しく問いかける。しかし、晃司くんは黙ったままだ。僕は、おもむろに話し出した。


「ゲイってさ、気持ち悪いよね」


僕が急にそんなことを言うので、みんなは驚いた顔で僕の方を一斉に見た。晃司くんも「え?」という表情で初めて顔を上げた。


「男のくせに男が好きで、男の裸見て興奮したりさ。異常だよね。僕だって、何度も何度もこんな自分嫌だって思ってたよ。中学時代、僕、そのせいで学校に行けなくなった。家にも引きこもった。自分のこと大嫌いでさ。なんでこんな風に生まれてきたんだろうって、ずっと思っていたよ」


晃司くんはじっと僕の話を聞いている。


「きっと、僕は晃司くんのこと、完全には理解できないと思う。僕、親にバレたわけじゃないからさ。家でも居場所がなくなる感覚って、僕、知らなかったんだな、て晃司くんの話聞いて思った。僕はまだ家に居場所があったんだなって。でもね、ここに同じような経験してる友達がいるんだ。湊なんだけどね」


晃司くんが湊の方を見やる。


「いやぁ、照れちゃうなぁ」


湊はまだおちゃらけている。が、晃司くんの湊への目の向け方が変わった。


「湊さん、でしたっけ?」


「湊でいいよ。さん付けなんて恥ずかしいって」


そんなおちゃらける湊を真剣な表情で見つめながら晃司くんは


「じゃあ、湊さんってどんな経験したんですか?」


と聞いた。


「だから湊でいいってば。あ、いや。うん。まぁ、いろいろあったわけさ。僕の人生もね。山あり谷あり、みたいな」


湊は自分の体験を全て語って聞かせた。学校での孤立。出会い系アプリに溺れたこと。僕らとの出会い。危ない人に関わり、警察沙汰になったこと。親にバレ、携帯を没収されたこと。嶺くんとの関係。そして、つい先日の湊と嶺くん双方の家を巻き込んだ大事件まですべてを。そんな話を初めて聞く翔と信一は驚きのあまり口をあんぐり開けて硬直している。晃司くんは、そんな話を聞いているうちにしくしく泣き出した。


「でも、僕、どうしたらいいかわからないんです。湊さんみたいに僕、強くないし。これで家追い出されたら、ホームレスになっちゃいます」


「いや、僕、強くないって。可憐な乙女、じゃなくて男の子だから」


ちょっと湊、ここでおちゃらけるのはやめようか。


 泣いている晃司くんに、僕は優しく話しかけた。


「じゃあ、別に湊みたいにする必要はないって。僕だっていまだに親に翔との関係を話してない。黙ったままでいるよ。だから、もう家ではこの話に触れないようにすればいい。だけど、学校には僕がいるよ。翔もいる。だから、僕たちがいつでも相談に乗るから。僕たちの前だったら何も隠さなくていいからね」


晃司くんは泣きながら僕の方を向いた。


「本当ですか?」


「いいよね、翔?」


「ああ。俺たちでよければいつでも力になるぜ」


「ありがとうございます」


晃司くんは何度もそうやって礼を述べた。


「湊や嶺くんも、ちょっと遠くに住んでるからいつも話せるわけじゃないけど、また、何かあったら一緒に会えるよ。僕たちが晃司くんの味方になるし、安心して」


ずっと黙っていた信一が口を開いた。


「ありがとうな、一郎。いろいろ話してもらって。これから弟を頼むわ」


「いいのいいの。僕と信一の仲でしょ? 遠慮しなくていいって」


「いや、本当にありがとう。みなさんも、本当にありがとうございます」


信一が深々と頭を下げた。そんな信一を見ながら、湊がニヤニヤして言った。


「信一くんってさぁ、彼女いたことあるの?」


「は? へ? いきなりなんですか?」


信一は椅子から椅子から転げ落ちそうになった。


「へぇ、ないんだぁ。純粋な少年って感じだもんね」


「いや、そんな・・・。まぁ、彼女なんていたことないですけど・・・」


「だったら、男なんてどう? 僕、初めての相手になろっか?」


「な、な、なに言ってるんですか! 俺、男には興味ないですから」


信一の声が上ずっている。そんな湊を嶺くんが制止する。


「バカなこと言うな。俺らに対するノリと、他の人に対するノリはちょっとは使い分けろ」


「えー? なんで? だって一郎の友達なんでしょ? 僕たちも一郎の友達じゃん。だったら、僕たち仲間ってことでいいじゃんね。ねえ、信一くん!」


「あ、いえ、遠慮しておきます」


信一はそそくさと席を立った。


「えー! つまんない! せっかく友達になれると思ったのに」


「それは、お前が悪い」


と、翔。


「なんだよ、翔くんのくせに。偉そう」


「くせにとはなんだ、くせにとは!」


喧嘩を始める二人を置いて、僕は信一と晃司くんを見送りに出た。


「ごめんね。湊、いつもあんな感じなんだ。許してやって。悪いやつじゃないから」


信一は苦笑した。


「まぁ、悪いやつではないな。俺はちょっと苦手だけど」


「確かに、僕も最初はどう扱っていいかわからなかった」


しかし、晃司くんは最初よりだいぶ明るい表情になり、


「そんなことないですよ。湊さん、とてもいい人だと思います。僕、もっと仲良くなりたいな」


僕と信一は顔を見合わせた。


「本当? 明日まで湊、僕んちにいるから、会いたかったらまたおいでよ」


「それは、遠慮しておきます。湊さんは一か月に一回くらい会えば十分かな」


「なんじゃそりゃ」


僕らは笑った。ようやく、晃司くんにも笑顔が出て来たようだ。信一は晃司くんを連れて帰って行った。


 信一たちを見送る僕の背後からは、また翔と湊が言い争う声、それに混ざるように嶺くんが時々ヒートアップする二人となだめる声が聞こえて来る。今日も楽しい一日になりそうだ。

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