第43話 僕らの愛の形

嶺は続けて語った。


「俺にとっての今の居場所は湊だ。

 

 俺はずっと同級生の男に片思いしていた時、俺の想いが成就することは一生ないんだろうな、と思っていた。どんなに俺がそいつのことを好きでも、そいつにとって、俺はただの友達の一人でしかない。そいつも彼女ができた、とか俺に報告してくるんだ。それを、俺は思ってもいないのに「おめでとう」なんて祝ってみせてな。


 俺にも同じころ、彼女ができたんだけど、やっぱり同級生の男のことばかり考えてしまう。俺、彼女とキスもできなかった。あぁ、俺は、女は無理なんだな、ってそのときなんとなく悟ったよ。

 

 俺は自分が情けなかった。好きな男とは付き合えず、好きでもない女と恋人の振りをしている。こんなの一生繰り返していけるかって思ってた。そんな中、お前らにキャンプで出会って、その中に湊がいた。

 

 あいつ、いつもはあんなに何考えてるかわからない不思議なやつだけど、実は繊細で傷つきやすい、孤独なやつなんだな、と俺は何となく初対面の時から感じていた。あいつがああやって明るく振舞うのは、あいつの元々の性格もあるけれど、半分は自分の心の傷を隠すためにあえてあんな風にしているためだ。

 

 俺はあいつのそういう所を変えたいと思った。もっと心から明るく笑っているあいつを見てみたかったんだ。

 

 でも、あいつはそんな簡単に心を開くやつじゃない。俺たちは付き合っているけど、それでも、どこまで俺が湊の心を開けたのかわからない。

 

 ただ、その閉じた心を少しだけ開けてやったのは、一郎、お前だよな。あいつ、叶わないとわかりながら、お前に恋してた。いつか同級生に恋していた俺にあいつの姿が重なったよ。俺はそんなあいつを見ていて切なかった。

 

 でも、何であいつがお前を好きになったのか、お前に心を少し開いたのか、少しわかった気がする。お前は、他人の痛みがわかるやつなんだ。お前もたくさん辛い経験をしてきている。だからなのかもしれない。だから、心が深く傷ついたやつは、お前といると自然と癒されるんだ。俺はお前や湊ほどつらい経験をしたことはない。でも、俺もお前といると癒される。そんな存在なんだ、一郎は」


嶺くん、ちょっと僕を持ち上げすぎだって。嬉しいやら恥ずかしいやら、僕はどう反応していいのか困ってしまう。


「やめてやめて! そんなこと言われたら照れちゃうよ。それに、僕が癒しなら、その僕を癒してくれるのが翔なんだ。僕は翔がいなかったら今、ここに確実にいない。翔が僕を救ってくれた。だから、僕がすごいんじゃなくて、翔がすごいだけだよ」


「そうか。確かに翔もそうだよな。だけど、翔も実はお前といることで同じように心が救われているんだぜ」


「え、そんなことあるかな? でも、翔には僕が必要だし、僕にも翔が必要なんだ。それは確かだよ。それに、湊は嶺くんを選んだ。それは、湊自身が嶺くんに心を開いているからだと思うな」


嶺くんは、はにかんで笑った。


「だといいな。あいつ、俺の学校に転入してきてから、俺と再会して、いつも一緒にいるようになった。ずっとあんな感じで扱いやすいやつじゃない。わがまま放題だし、たまに本気で頭にくることもあるよ。でも、放っておけないんだ。


 あんな風に人前ではふざけて笑っているくせに、一人になった瞬間陰で泣いているようなやつだ。あいつ、転入してきた当初は、お前という友達ができたことで少し内面が変わりつつあった。

 

 だけど、同時にお前への叶わない恋心にまた深く傷ついてもいた。俺が偶然、学校の空き教室であいつを見つけたことがあってな。あいつは一人でずっと泣いていた。その時、俺は初めてあいつの涙を見た。それと同時に俺はあいつのことが誰よりも愛しく感じた。だから、俺はあいつが完全に心を開くまで、ずっとあいつのそばにいてやりたい。もちろん、心を開いてくれた後でもずっとな」


 僕は、廉也と再会して心を乱したあの日、湊が僕に語ったことを思い出していた。湊は、嶺くんの前ではいつも思いっ切り泣ける、と言っていた。だから、次の日には笑っていられると。それって、嶺くん自身が気が付いてないだけで、湊は完全に嶺くんに心を開いているからじゃないか。しかも、温泉に来てからも、湊はずっと嶺くんにベタベタ甘えている。あんな安心した表情の湊を、僕は今まで見たことがなかった。以前の湊はおちゃらけていながら、どこか不安そうな表情が過る瞬間があったのだ。もう、今回、湊にはそういう表情はまったく見られないのだ。


 だが、僕は、このことを僕の胸の奥にそっとしまっておくことにした。




 僕と嶺くんが語らっていると、やっとのことで湯につかりすぎてすっかりのぼせた翔と湊が更衣室に入って来た。


「お前ら、何先に上がってんだよ。ずるいぞ」


翔はへなへなと床にへたり込んだ。


「おじさん、説教長すぎだよ。嶺、ちょっとここで休ませて」


と言うと、湊は嶺くんの上に倒れ込んだ。そんな湊を優しく、


「ほら、風邪引くぞ。服を着ろ」


と、嶺くんが促す。


「えー、熱いからやだ。そんなに僕に服着せたかったら、嶺が着せて?」


湊は上目遣いでせがむ。


「仕方ないな。ほら、立て」


と、嶺くんは湊を立たせ、服を着せてやっている。まるで小さな子どもの相手をするようだ。よくやるよ。


 でも、そんな我儘放題言いつつ、湊は幸せそうだ。嶺くんもどことなしか、以前よりもより優しい表情をするようになったと思う。湊の世話をする様子は、まるで小さい子をあやすパパのように見えた。湊が可愛くて仕方ないんだろう。


「湊と嶺くん、お似合いだよね」


僕はそっと翔にささやいた。


「ああ、お似合いじゃなきゃ困るよ。これ以上、一郎に手を出されたら許せん」


翔はまだのぼせてふらふらだ。僕はそんな翔に手を貸した。


「ほら、早く立って。服着ないと風邪引くよ」


こっちはこっちで大きなお子様だ。僕は差し詰め、翔の母親といったところか。


 子どもの面倒って、大変だよね。僕は嶺くんに同情する。




 夜、僕らが布団に入って休もうとすると、そこからがまた大騒ぎだった。消灯するとすぐに、湊と嶺くんの方から何やらゴソゴソ聞こえて来る。続いて、


「ねぇ、嶺、チューして」


という湊の声。


「今日はだめだ。隣に一郎と翔が寝てるんだから、我慢しとけ」


と、嶺くんが小声で返事する。


「えー? いいじゃん。せっかくの温泉なのに、何もない夜なんて嫌だよ」


二人のコソコソした会話にイライラした翔が、


「ああ、もううるせぇなぁ! もっと静かに寝られないのかよ!」


と怒鳴った。


「翔くんの声の方がうるさい」


と湊がすかさず反撃に出る。


「なんだと、この野郎!」


仲がいいのか悪いのか、この二人の喧嘩がまた始まりそうだったので、僕は慌てて翔を外に連れ出した。


「あー、もう寝られねぇじゃん」


翔がイライラしながら頭をかきむしった。


「とりあえず、一時間くらいここで時間つぶそ」


と、僕はロビーに翔を連れて行った。僕らはうとうとしながら一時間経つのを待ち、部屋に戻ってみると、湊と嶺くんは僕らが出て行ったことをいいことにあられもない姿で抱き合っていた。湊のなまめかしく荒い吐息が部屋に響いている。またまた僕らは慌てて外に飛び出した。


「ああ、もう、いつになったら寝られるんだよ」


翔はもう完全に頭に来ている様子だ。


 それからさらに待つこと三十分。何食わぬ顔で、湊が僕らを呼びに来た。


「早く寝なよ。こんなところで寝ていたら風邪引いちゃうよ」


「こいつ! 誰のせいでここにいると思ってるんだ!」


翔はもう怒り心頭だ。僕はそんな翔をなだめながら、


「もう、満足した?」


とあきれ気味に湊に聞いた。


「うん! 温泉も気持ちよかったし、ご飯もおいしかったね!」


いや、そういう意味じゃなくて。ま、もういいや。

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