第42話 身も心も温めて

 温泉旅行は、冬休みに決行されることになった。僕が湊と嶺くんに連絡すると、もう明日にでも行きたい、と言わんばかりだった。特に湊の喜びっぷりといったらなかった。湊のやつ、嶺くんから僕に乗り換える、なんて言いだす始末だ。


 僕らが湊と再会した時、湊はいつもの元気な様子で、僕らに向かって遠くからぴょんぴょん飛び跳ねて手を振った。相変わらずの騒がしさだ。


「一郎、久しぶり!」


そう言って、湊は僕に飛びつく。


「おい!」


と、すかさず湊を牽制する翔。翔は、湊の首根っこをつかんで、つまみ上げた。


「何、俺の一郎に馴れ馴れしく触ってるんだ!」


「ひどいなぁ、翔くん。年下の男の子はもっと丁重に扱わないといけないんだぞ! そんな暴力男、一郎に逃げられちゃうかも」


湊がケタケタ笑いながら翔をからかった。


「この野郎! 言わせておけば」


翔が湊を捕まえようとするが、すばしっこい湊はするりと翔をかわし、嶺くんに抱き着いた。


「ねぇ、嶺! 翔が僕のこといじめる! 助けて!」


「あのな、お前がいらんことしなかったら、翔に怒られることもないんだよ」


「そうそう」


嶺くんの湊への叱責に、翔は何度も頷いた。


「えー? 嶺まで冷たいなぁ。ねぇねぇ、じゃ、僕、もう悪いことしないから、ここでチューしよ、チュー!」


「アホんだら。こんなところでできるわけないだろ」


「えへへ。お願い」


湊は上目遣いで嶺くんを見つめながら、そっともたれかかった。こういう甘え方をサラリとできる湊はなかなかの小悪魔だ。嶺くんもそれ以上逆らえず、人目を気にしながら軽く湊にキスをした。


「いちゃいちゃするのは家でしてもらえないかな」


そんな二人に文句を垂れる翔に対し、湊は、


「あれぇ? そういう翔くんはいつでも一郎といちゃいちゃしてるじゃん」


と返す。ごもっとも・・・。翔が反撃できずにいると、湊はそのまま、


「さ、行こ行こ!」


と嶺を引っ張って先に歩き出した。


「あいつ!!」


悔しさに歯ぎしりをする翔を引っ張って、僕も後に続いた。

 

 僕らは温泉でもマイペースな湊に引っ掻き回されまくりだ。相変わらず翔は湊を宿敵と見なし、湊が何かを仕掛ける度に牙を立てている。だが、いつも湊が一枚上手で、翔はそのたびに歯ぎしりをしたり、地団駄を踏んで悔しがった。翔もいい加減学習したらいいのに。湊にムキになっても翔では勝てないってね!




 温泉に入る湊は、これまた小学生のようなはっちゃけっぷりを発揮する。温泉の大浴場で湊はスイスイ泳ぎながら、


「そういえば翔くんって、水泳部だったんだよね。泳ぐの見せてよ」


なんていたずらっぽく笑いかける。


「泳がねぇよ。ガキじゃねぇし」


翔はプイと横を向く。湊はニヤリと笑った。


「ふぅん。本当は泳げないんじゃないの?」


「うっせぇ! 俺はこう見えても水泳部のエースだったんだ」


「ふぅん」


「ふぅんってお前、信用してないだろ!」


「うん。信用してない。」


「即答かよ! じゃあ、見せてやるよ」


おいおい、翔もいい加減、小学生じゃないんだから・・・。


 僕は嶺くんと顔を見合わせると、巻き込まれないように風呂から上がる。僕と嶺くんが風呂を上がるのと同時に、後ろでバシャバシャ盛大な水しぶきが上がり、それと同時に、


「お前ら、やめないか!」


というおじさんの怒鳴り声が上がった。どうやら、翔の上げた水しぶきがおじさんにかかったらしい。振り返ると、翔と湊、二人で仲良く怒られてる。翔は僕に助けを求めるような視線を送って来たが、僕はグッドラックと親指を立て、こちらに火の粉が降りかかる前に更衣室に避難した。


 僕はそんな二人の様子に、なんだかんだ喧嘩しながらも、翔と湊、お似合いだよな、なんてぼんやり考えた。喧嘩するほど仲がいいというのは、あの二人のためにあるような言葉だ。


「やかましいやつらだな」


嶺くんがタオルでごしごしと髪の毛を拭きながら呆れたように言った。


「だね」


僕と嶺は笑い合った。




 僕らは火照った身体を更衣室の長椅子で冷ましながら更衣室の上に設置してあるテレビをぼんやりと眺めていた。


「一郎、湊を救ってくれてありがとな」


と、不意に嶺が言った。


「え? 僕は何もしてないよ。それに僕、湊を振って傷つけた。救うなんてとんでもないよ」


「いや、湊はお前のおかげで、また前に向かっていく力を得たんだ。あいつはずっと居場所を探していた。その居場所を作ってくれたのは、一郎。お前だ」


「そうかなぁ」


僕は照れ臭くなって頬がぽっと赤くなった。


「でも、僕にとっても湊は大切な居場所なんだ。湊がいなかったら、今の僕はいないってくらいね。もちろん、嶺くんもそうだよ」


「一郎もなかなか口がうまいな」


僕らは笑い合った。

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