第41話 All I want for X’Mas are all of you

 クリスマスパーティー当日、翔が演劇部に招かれ、観劇している間、僕たちは急ピッチで準備を進めた。僕は、大量のチョコレートを大量の生地に流し込み、大きなチョコレートケーキを焼き上げた。簡単なケーキだけど、これが僕の初めて焼いたケーキだ。翔へのクリスマスプレゼントということもあって、僕が一人で作業のほとんどをこなした。先輩たちはその間に部屋をクリスマス仕様に飾り付けるのだ。


 そろそろ完成だ。外を見ると、今日も雪がしんしんと降り積もっている。自分のケーキにも粉砂糖をさっとかけると、美しい純白の甘い雪がケーキの上を彩る。今日はホワイトクリスマスだ。新藤部長と水沢先輩が完成したケーキに拍手を送ってくれた。


 僕は達成感に浸りながら、翔をゆっくり待つことにした。これから演劇部員たちが翔を料理部の部室まで案内する役目になっているのだ。


 ところが、


「やっぱり、ここは因幡くんが迎えに行かないと」


と水沢先輩に促された。


「でも、演劇部のみんなが連れて来てくれますし」


「いいじゃない、みんなで一緒に来れば。赤阪くん、因幡くんが迎えに来たら、絶対喜ぶと思うな」


と新藤部長。僕はそれもそうか、と思い、翔を迎えに行こうと部室を出た。


 しかし、僕が演劇部のクリスマス公演の会場に着くと、誰も中にいる様子がない。「あれ?」と思って中を 覗くと、翔だけが真ん中にポツンと座っているのが見えた。翔は僕を見つけるなり、


「遅いよ!」


と怒った。翔によると、演劇部の部員たちは、僕が後で翔を迎えに来る、と言って先に帰ってしまったというのだ。「あれ? こんなの計画になかったぞ」と思いつつ、料理部の部室へ僕らは歩いた。


「なんか企んでるな、お前」


翔に気付かれたか⁉ 僕は内心焦った。が、そんな素振りを見せないよう、平静を装いつつ、料理部の部室の戸を開けた・・・。


パンパンパーン!!!


いきなりクラッカーの音が部室中に鳴り響く。


「メリークリスマス! 因幡くん、赤阪くん!」


という皆の声。黒板を見ると、


「Merry Christmas, Ichiro & Shou」


とカラフルな絵と文字が描かれている。これには、翔だけでなく、僕もびっくりしてしまった。僕らが目を丸くしていると、


「ほらほら、これ」


と、水沢先輩が僕らにナイフを持たせ、ケーキの前に立たせる。


「ケーキ、入刀!」


と新藤部長。え? なにこれ? どういう状況? 戸惑う僕と翔に、みんなが「早く早く」と急かす。まるで結婚式みたいな状況に、僕は耳まで真っ赤になった。見ると、翔も同じように真っ赤な顔をしている。


 僕らはお互いを恥ずかしそうに見つめ合い、そして、ケーキにナイフを入れた。皆の拍手が鳴り響く。


「ほら、キスして、キス!」


と、さらに皆にけしかけられる。もう、こうなったら、思いっ切りやっちゃえ!


 僕らが抱き合ってキスをすると、またもや皆から盛大な拍手が沸き起こる。僕が翔の方を見ると、何と翔は目を真っ赤にして泣いている。それを見て、僕も急に涙がどっと溢れてきた。


「ほらほら、泣かないで、二人共!」


「おめでとう。これからも、幸せにね。」


 皆が笑顔で僕らを祝福してくれる。こんな景色が待っているなんて、僕はつい一年前には想像もできなかった。僕らが僕ららしくいられる場所。そんな場所が、今、ここにある。僕も翔も、本当に幸せだ。


 この日のパーティーで、僕と翔は初めて学校の中で堂々と恋人として振舞うことができた。湊と嶺。そして料理部と演劇部。ここは、僕と翔にとって最高の「居場所」だ。




 パーティー終了後、僕は、翔と二人で幸せな気分に浸りながら、夜の展望台へ上った。街の灯りが眩いばかりの光を放っている。これが「百万ドルの夜景」ってやつか。


「翔、僕、今、最高に幸せだよ」


「ああ、俺も最高に幸せだ」


僕らは抱き合って長い長いキスをした。


「今日は、あんなパーティー企画してくれて、ありがとうな」


「ううん。僕なんて大したことしてないよ。皆があんな素敵な会にしてくれた」


「そうだな。皆のおかげだな。だけど、そんな素敵な皆を集めることができたのは、一郎がそれだけ素敵なやつだからだ」


「あー、もうやだなぁ。そんなこと言われたら照れるじゃん」


「だって、本当のことだろ?」


「だったら、そんな素敵な僕を惹きつける翔はもっと素敵な人だよ」


「やめろ、恥ずかしいだろ」


僕らは笑い合った。


「でもいつか」


と翔が言った。


「本当に一郎と結婚式場で、本物のウェディングケーキにナイフを入れてみたいな」


「それは無理だよ。だって、男同士は結婚できないでしょ?」


そんな現実的なことを言う僕に、翔はそっとキスをした。


「お前は中学のころ、自分が幸せになるのは無理だと思っていたんだろ? だけど、今はどうなんだ?」


「幸せだよ」


「だったら、無理かどうかなんて、今から決めつける必要なんてない。俺らはいつか結婚する。俺の中では決定済みの未来だ」


「翔・・・! 好き」


「俺も、一郎が好きだ」


僕らはしっかり抱き合った。




 その夜、僕は翔とずっと抱き合いながら、幸せな眠りについた。


 翌朝、目が覚めると、僕の枕元に何やら置いてある。見ると、メッセージの添えたプレゼントが置かれていた。


 僕は、「え?」という顔をしながら翔の方を見やるが、翔は何食わぬ顔をしている。


 メッセージにはこんなことが書いてあった。


__________


 十六歳の可愛い一郎くんへ


きみが、一番大切な人たちと一番楽しい時間が過ごせますように。


                      サンタクロース

__________


と。中身を開けてみると、なんと、そこには温泉のチケットが四枚入っている。


「翔、これって・・・」


「そんなの俺、知らないよ。サンタさんが持ってきたやつだから。」


翔は澄ました顔で言った。


「でも、温泉旅行って・・・」


「なーんか、どこかの誰かさんが温泉旅行連れてけってせがまれていたみたいだから、サンタさんがくれたんじゃねぇの?」


その話、知ってたんかい!


「はぁ? 何言ってんの」


僕は笑い出した。


「ま、二人分だけでよかったんだけどさ、俺としては。でも、一郎としては、湊や嶺とダブルデートにした方が、喜ぶかなって思って」


「いいね、ダブルデート。うん。楽しみ。行こう行こう!」


そんなはしゃぐ僕を、翔はベッドの上にいきなり押し倒した。


「ごめん、一郎。俺、もう我慢できない」


「え? ちょっと、翔。今、朝だよ?」


「だって、昨日の夜は、エッチできなかっただろ?せっかくのクリスマスイブだったのにしそびれちゃったよ。今日は学校休みだから、ゆっくりヤレるしな。ほら、服脱いで」


「もう、仕方ないなぁ」


僕はシャツを脱ぎ捨て、すでに上半身裸になっている翔に抱き着いた。肌と肌の触れ合う感覚。全身に翔を感じながら、僕はこの上ない幸福感をこの身にしっかりと刻み込むのだった。

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