第九章 男と男の恋と愛
第40話 雪景色の中で
今年の冬はとても寒い。天気予報によれば、十二月下旬には「西高東低の冬型の気圧配置になり、平野部でも大雪になる恐れがあります」とのことだ。僕の住む街はもともと雪の多い地域で、この時期になると道路の雪を解かすために、融雪装置のスプリンクラーが勢いよく水をまき散らす。
そんな雪の多い高校だから、さぞや皆長靴を履いて登校してくると思いきや、そんなダサい恰好はできない、とばかりにスニーカーで登校する生徒ばかりだ。ファッションに疎い僕のような人間でも、あのビニール製の大きな長靴を履いてドタドタ足音を立てながら学校へ行くのはさすがに気が引ける。
したがって、いつもぐっしょり靴を濡らしながら学校から帰って来る。この時期、靴は二足持っておくのが必須だ。濡れた靴の中に新聞紙を突っ込み、一日経つとだいぶ乾いている。次の日にその靴を履いて出かけるのだ。
僕と翔は厚かましくも、お互いの家にスペアの靴を置かせてもらっていた。
今日は翔が僕の家に泊まりに来る日だ。僕らは雪の中をいつものように雪合戦をしながら雪まみれで帰ってくると、雪まみれのコートとぐっしょり濡れた靴と靴下を脱ぎ捨て、靴の中に新聞紙を突っ込んだ。そのまま二人でこたつの中に直行し、冷えた足を温めながらうたた寝をした。こたつの温もりと、翔と抱き合うお互いの温もり。僕たちはその気持ちよさに、ただただ身を任せていた。
ふと目を覚ますと、もう夕飯の時間だ。僕はまだ眠っている翔を起こさないようにそっと起き上がると、テレビをつけ、テレビを見ながら夕飯の支度を始めた。テレビでは、「もうすぐクリスマス!」なんてやっている。あと一週間でクリスマスか。今までのクリスマス、僕は恋人と過ごすロマンチックなクリスマスを過ごしたことがなかった。翔と付き合う前はもちろん、翔と付き合った後も、必ずどちらかが受験生で、クリスマスどころではなかったからだ。
今年は、翔が高二、僕が高一と、ちょうどどちらも受験生ではない。今年こそ、恋人らしいことをやってロマンチックなクリスマスを過ごしてみたいな。僕は漠然とそう思った。
料理を続けながらテレビを見ていると、クリスマスケーキの特集をしている。
これだ!
僕は閃いた。何を言おう、僕は料理部員だ。クリスマスケーキをサプライズで作って翔にプレゼントしよう。料理部の先輩たちはきっと僕に協力してくれるはずだ。
「ああ、そういえば、もう、クリスマスか」
翔がいつの間にか目を覚ましており、テレビを見ながらそうつぶやいた。
「そうだね」
「一郎、クリスマスになにか思い出ある?」
「うーん、そういえば、僕の母さん、僕が小さかったころ、クリスマスイブの夜にプレゼントをそっと僕の枕元に置いてくれていたんだ」
「へぇ。結構一郎のお母さんやるじゃん」
「えへへ。それで、本当は母さんがプレゼント買ってきてくれてるのに、母さん、それがサンタさんがくれたものだって言うんだ」
「はは。それは面白いや」
「僕、小さい時、だからずっとサンタさんがいるって信じていたんだよ」
「一郎、可愛いなぁ」
翔がデレっとした顔で僕の方を見やる。僕もちょっぴり頬を赤らめた。
「で、そのサンタさんからのプレゼントはいつまでもらっていたんだ?」
「小学校卒業するまでだよ。だから十二歳の冬までずっと」
「え、じゃあ、それまでずっと、小さな一郎くんはサンタさんのこと信じていたんだ」
翔のやつ、また恥ずかしいところをついてくるなぁ、もうっ!
「うっさい! 仕方ないじゃん。だって、僕の知らないうちにいつもプレゼントが置いてあるんだもん。」
「もう、一郎可愛すぎる。大好き!」
翔はキッチンまで飛んで来て、僕を抱きしめキスをする。
「でもね、母さん、僕の欲しいもの、いつもプレゼントに入れて僕の枕元に置いていてくれたんだ。きっと、あれがほしい、とか、これがほしい、とか僕が言ってたもの、こっそりチェックしていたんだろうなって」
「へぇ。そっかぁ。一郎、愛されていたんだね。だって、こんなに可愛いもんな。お前を愛さない人間がいたら、そいつの顔見てみたいわ」
「今は翔が愛してくれていれば、僕は十分だよ」
「バーカ!」
翔は僕のおでこにデコピンをする。そして、僕らは抱き合ってキスを始めた。
しばらく抱き合っていると、何やら焦げ臭い匂いがしてくることに気が付いた。
「わー! やばい、魚が焦げる!」
焼き魚が真っ黒焦げになり、煙が上がっている。僕は慌てて火を止めた。
翌日、僕がクリスマスケーキの件を料理部の先輩たちに提案してみると、僕が思った通り、二つ返事で一緒に作ってくれることになった。
「面白そう!」
と新藤部長。
「もう、因幡くんったら赤阪くんに本当優しいね」
水沢先輩はそんなことを言って僕をからかった。
でも、まずは、作っているところを翔に見つかるといけない。しょっちゅう料理部に出入りし、料理をつまみ食いする翔は、いつ部室にひょっこり現れるのか、まったく予想できないからだ。したがって、ケーキを焼いている間、翔をどこかに連れ出す必要があった。
何かうまい策はないかな、と僕が思案しながら部活を終え、帰り道を歩いていると、
「一郎くん!」
と、声を掛けられた。見ると、華ちゃんが僕に手を振っている。
「華ちゃん!」
僕も笑顔で手を振り返す。
僕と華ちゃんは、あの告白事件の後も、友達として、より深い絆を築いていた。県大会では、僕らの息は地方大会よりもピッタリだった。今度は観劇しながら居眠りする失態も犯さず、大道具小道具の搬出搬入も手際よくぱっぱと進め、すべてがうまくいった。
芝居も素人の僕が見ても、地区大会よりももっと気合に満ちていた。にも関わらず、優勝できなかった僕たち演劇部は本当に悔しがった。華ちゃんは泣いていたし、僕も悔しくて華ちゃんにつられて泣いてしまった。でも、思い返せば、それもいい思い出だ。
そんな華ちゃんは、即、翔をクリスマスケーキを作る間、料理部に近寄らせないようにする計画を立ててくれた。クリスマスイブの日に行なわれるクリスマス公演に翔を招待してくれる、というのだ。僕はだんだんワクワクしてきた。元々、僕から翔へのクリスマスプレゼントのつもりが、料理部と演劇部をまたいだ一大イベントに発展しつつあったのだ。僕はせっかくなので、料理部のクリスマスパーティーに、演劇部の部員たちも招くことにした。僕に協力してもらうお礼といったらおこがましいけど、僕の作ったクリスマスケーキを皆で食べたら絶対楽しいはずだ。
僕らは念入りに計画を立て、クリスマスパーティーの全体像が見えて来た。僕は胸を躍らせながら材料調達に回った。こんなにクリスマスを楽しみに思ったのは人生で初めてだった。
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