第38話 弱くても

「・・・あのさ、湊、ちょっと聞いてくれないかな?」


僕は、そんな言葉が口をついていた。


「え? なになに? 相談事?」


と湊は即答する。


「・・・うん・・・」


「深刻な話?」


「あのさ、湊って自分のこと、強いと思う?」


と僕が聞くと、少し間があって、湊が答えた。


「うーん、そんなこと考えたことないや」


「じゃあさ、どうやったら人って強くなれるのかわかる?」


僕は畳みかけるように質問を投げかけた。


「え? 別に僕、強くなろうとしたことないからわかんないや。そんなに強くなりたいなら、ボクシングでもすれば?」


「違うんだ。身体のことじゃ・・・。いや、身体も強くなったら自信もつくのかもしれないけど、僕は心が強くなりたいんだ。弱気でひ弱な自分が嫌だ。湊は、そういうこと、考えたことない?」


すると、湊は、すこし考え込んで、さっきまでのおちゃらけた調子をやめ、少し真剣な調子で返事をした。


「うーん、一郎は強くなりたいの?」


「うん。強くなりたい。弱いままなのは嫌だ。」


「僕は、一郎のこと弱くなんかないと思うけどな」


「弱いの!」


僕は叫んだ。


「弱いの・・・。弱くて情けなくて、全然強くなんかないよ」


湊はいつになく真剣な声色になった。


「一郎・・・。僕はそんな強くなりたいとか考えたことないけど、僕だってそんな強い人間じゃないよ。一郎も知ってるでしょ? 今、僕がこうやって嶺の携帯借りてる理由だって、僕が携帯持ってない理由、一郎は知ってるでしょ?」


「うん」


「僕だって、弱いよ。僕一人じゃ、何もできないし、この前、そのせいで一郎に迷惑かけちゃったし・・・」


「・・・いや、別に迷惑だなんて・・・」


「思ってるくせに。へへ。いいんだよ、そんなこと、遠慮しなくても。僕と一郎の仲なんだし。でもね、僕は弱いから、嶺と一緒にいるんだよ」


「弱いから嶺くんと?」


「うん・・・。嶺くん、僕が泣いても、泣くなって言わないんだ。僕、こう見えて結構打たれ弱くて、すぐ嶺の前だと泣いちゃう。でも、嶺は僕が泣いても全部受け止めてくれるから、嶺の前だったら泣いても大丈夫なんだって思えるんだ。だから、僕は次の日には笑っていられる。僕が弱いところ、嶺が補ってくれるから。一郎にも、そういう人、いるでしょ?」


翔・・・。僕ははっとした。


「でも、次の日に笑っても、またその次の日に泣いちゃうこともある。だって僕、そんな強くないから。でも、嶺がいつもそばにいてくれるから、泣いても大丈夫だって思える。だから、あまり強くなろうとか考えて無理しなくていいんじゃないかな?でも一郎は、今のままでも十分強いよ。これ以上強くなられたら、僕、近寄れなくなっちゃうよ。今のままの一郎でいてよ」


「・・・でも、僕が弱かったら、人を傷つけちゃうんだ。母さんだって、僕のせいで・・・」


「じゃあ、ごめんなさいってお墓行って謝ってくればいいじゃん。で、許してもらえばいいんだよ」


「死んじゃったのに無理だよ・・・」


「僕がもし死んだとして、そんな感じでずっといつまでも僕のせいだ僕のせいだって一郎に泣かれたりしたら、僕はそっちの方が嫌だな。そんなことされるくらいだったら、「先に死んだりしやがって湊のバカ野郎!」って怒られる方がずっといいや」


そう言って湊は笑った。


「それに、弱いから人を傷つけるっていうのも違うよ。一郎、昔、いじめられたっていってた同級生と何かあったんじゃないの?」


僕はギクリとした。僕が何も答えられずにいると、湊は続けた。


「やっぱりね。それで、急にそんなこと言い出したんだ。そのせいで翔の前で泣いて困らせたでしょ? そうでしょ?」


・・・こいつっ!!


「ほーら、図星! そんな所だろうと思った!」


湊が笑った。湊のやつ、本当にこういうところで変に勘が鋭いんだよな・・・。湊は続けた。


「でも、よく考えてみなよ。一郎は、その一郎のこといじめた同級生のこと強いと思ってるでしょ?」


「うん、まぁ」


「じゃあ、その強い同級生は一郎に何したの? 一郎のこと、傷つけたんだよ? 強くなって無神経に人のことを傷つけるやつだっている。しかも、そういうやつは自分が誰かを傷つけたって自覚もない。そんなやつより、一郎はずっとお母さんのことで自分を責めて来たんだよ? ずっと一郎の方が優しいよ。僕は、そんな弱くても優しい一郎の方がずっと好き。それに、もし、一郎が弱いせいで僕が傷ついたとしても、一郎はきっと僕に謝ってくれる。それだけで、僕は十分だよ」


 僕は湊の話を聞きながら、涙が止まらなくなっていた。僕の鼻をすすり上げる音に、


「あれあれ? 一郎くん、泣いちゃったのかな?」


と湊は僕をおちょくってくる。


「うん。泣いてる」


僕はそう返事して泣きながら笑った。


「もう、一郎は泣き虫だなぁ。でも、そういうところが可愛いんだけどね!」


「調子に乗るな! 僕は、湊の方がずっと可愛いと思うけどな」


「え、なになに、告白?」


「違うよ!」


「えー、どうしようかなぁ。もうちょっと前だったらオーケーしたのになぁ。でも、だーめっ! 僕、人妻なんで」


「人妻って、おいおい」


「嶺さまって旦那さまがいるんで。ごめんね、一郎。一郎の想いには答えられないかなー」


またまたさらに調子に乗って来たな、湊のやつ!

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