第37話 救いの電話
その時、僕は、マナーモードにした携帯が振動していることに気付いた。見ると、嶺くんからの電話だ。こんな夜更けに何の用事だろう?僕は、翔を起こさないように、居間に出て電話することにした。居間はすっかり冷え切っていた。僕はコタツのスイッチを入れ、震えながら電話に出た。
「もしもし」
僕の声はぶるぶる震えていた。
「うわぁ、びっくりした。一郎? 幽霊が出たかと思っちゃった」
あれ、この無邪気な声の主は、湊じゃないか。
「寒いんだよ。今、外、雪降ってるから」
僕は寒さのあまり垂れて来る鼻水をすすり上げた。
「え? 雪⁉ いいなぁ。ねぇねぇ、今度、そっち遊びに行っていい? 雪合戦しようよ!」
湊はそんなこと言ってはしゃいでいる。
「雪合戦って・・・。もう僕たち子どもじゃないんだから・・・」
僕は呆れた。
「え? 僕たち、まだ子どもでしょ? 二十歳になったら大人。それまでは子ども。あれ、一郎ってもう二十歳だったっけ?」
という湊。くぅっ! 本当に食えないやつ!
「十六だよ、十六! で、こんな時間に何の用? しかもこれ、嶺くんの携帯でしょ? 湊、今、何やってるの?」
と僕はぶっきらぼうに返事をした。
「へへん」
と、湊が得意気に笑う。
「それ聞きますか?」
ああ、これ、湊の最高に面倒くさい話が始まる合図だ。
「ああ、もういいよ。話長くなるなら」
そう言って電話を切ろうとする僕に、湊は
「聞いといてそれはないでしょ。最後まで聞いてよ」
と言って引き止めつつ、まだもったいぶっている。もったいぶらないで早く言ってくれよ。こたつがだんだん温まり、僕は急に眠気が襲って来たので早く電話を切って部屋に戻りたかった。湊はそんな僕の事情なんかお構いなしに、楽しそうに話を続けた。
「この夜中に携帯を親に取り上げられたこの桐谷湊くんが因幡一郎くんに電話をかけられているというのはだね、水瀬嶺くんのお家にお泊りしに来てるってことなのだよ!」
「ああ、そうですか」
そんなところだろうと思った。そんなことを言うために、こんな夜中に長々電話しているのか。早く寝たい。
「なーんだ、もっとびっくりしようよ! お泊りだよ、お泊り! 夜は嶺とあんなことやこんなことしたり、楽しいことたーくさんあるんだっ!」
どうせ、湊のいつもの冗談だろうな。そこで僕もその冗談に乗ることにした。
「あれ、嶺くんと湊、今付き合ってるの?」
「ピンポーン! 実は、僕と嶺、付き合うことにしたんだ。」
「本当に?」
「うん、本当。嘘じゃないよ。嶺に聞いてみる?」
どうやら冗談ではなさそうだ。僕は、一気に目が覚めた。僕は自分のことのようにうれしかった。湊が、あの嶺くんと付き合っている。やっと、やっと湊も嶺くんもお互いがお互いの一番の居場所になったんだね!
「おめでとう、湊!」
「うん、ありがとう、一郎。これも全部一郎のおかげだよ。これからもずっと僕の味方でいてね」
「もちろんだよ! 湊も僕の味方でいてくれなきゃ嫌だよ!」
僕らは笑い合った。僕はこれだけで涙が出そうだったが、流石は湊。僕が感傷に浸る隙など与えてはくれない。
「ねぇ、聞いてよ! 嶺ったらひどいんだよ! 僕がまだまだ楽しいことしようって頼んでいるのに、もう眠いから嫌だって言うんだよ! そのまま勝手に寝ちゃうし、僕が起こしても全然起きてくれないの! せっかくお泊りしてるのにつまんない!」
などと湊はまくし立てた。ああ、嶺くんには同情するよ。湊の相手で相当疲れているんだろう。
「で? 暇つぶしに、嶺くんの携帯勝手に借りて僕に電話してきたってわけ?」
「ピンポーン! そういうことっ!」
湊らしいや。湊は、どれだけ嶺くんが湊の相手をしてくれないか、という文句を延々と訴えた。僕は最初はハイハイと適当に返事をしながら付き合っていたが、もういい時間だし、再び睡魔が次第に襲って来た。僕はあくびを堪えながら湊に言った。
「そっかぁ。ごめんね。僕、もう遅いから眠いや。また電話しなよ。話なら今度聞くからさ。じゃあ、寝るね。おやすみ」
僕が電話を切ろうとすると、いきなり電話口で湊が
「わっ!」
と大声で叫んだ。僕はビクッとして、すっかり眠気が覚めてしまった。
「へへ、目、覚めた?」
と得意気な湊に、僕はほとほとうんざりして、
「もういい加減に寝かせてよ。僕、病み上がりなんだよ」
とこぼした。
「え? 一郎、病気だったの? 大丈夫? 死んだりしない?」
と大騒ぎする湊。心配しているんだかはしゃいでいるんだか・・・。湊、僕が病み上がりだってこと、楽しんでないか?
「死ぬわけないじゃん。ただの風邪だよ」
「なーんだ、それはよかった。もう治ったの?」
「だいぶ」
「じゃあ、もう元気ってことだよね?」
「でも、まだちょっとだるいよ」
「えぇ? じゃあ、寝てなきゃだめじゃん」
お前がそれをここで言うか!
「だから、寝ようとしていたの! そしたら湊が電話してきて、ずっとこうやって話してるから寝られないの!」
僕はもうだいぶイライラしてきた。
「でも、この時間に電話して出たってことは、今まで起きてたってことでしょ? 本当は寝られなかったんじゃない? じゃあ、僕と話してくれてもいいじゃん」
湊のやつ、こういう勘だけは鋭いな! まぁ、そりゃその通りだけどさ・・・。僕は黙ってしまった。
「おーい! 一郎、聞いてるの? もしもーし!」
湊が電話の向こうで大騒ぎしてる。僕はそんな湊の騒ぐ声を聞きつつ、また、さきほどの物思いがまた頭の中に舞い戻って来た。
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