第36話 弱い僕

 僕は、翔に手を引かれ、家に送ってもらった。僕の寒気と震えが収まることはなく、僕は自分の布団の中に潜り込んで震えていた。翔はそんな僕を心配し、今日は僕の家に泊まってくれることになった。


 その夜、僕は高熱を出した。荒い呼吸に、頭が割れるように痛い。翔が心配してずっと付き添って氷枕を作ったり、頭痛薬を飲ませたりしてくれた。


 僕は翌日、「一郎が心配だから学校を休む」という翔を何とか説得して送り出し、父さんに付き添われて、病院へ行った。医者によると、僕はただ、風邪をこじらせただけだった。食欲がなかったので、とりあえず、点滴を受けてから家に戻った。


 昼頃にはだいぶ熱も下がっていたが、身体がだるくて仕方ない。僕はひたすら布団の中で眠り続けた。


 僕は夢を見た。


__________


 僕は夢の中で中学生に戻っていた。


 僕は、教室の真ん中に座り、目の前に廉也が座っている。廉也がけたたましく笑いながら僕を仲間たちと取り囲む。


「きもちわりぃ」


「消えちゃえばいいのに」


「変態オカマ!」


皆、それぞれに僕を罵倒し、嘲笑う。僕は逃げ出した。でも、逃げても逃げても足が進まない。後ろから廉也たちが迫って来る。嫌だ。先に逃げなきゃ。僕は必死にもがいた。


 その時、僕の耳元で、「一郎! 一郎!」という声が聞こえてくる。翔だ!僕は翔を探してもがく。見つからない。どこにいるの? 翔! 翔!!


__________


僕はそこでガバッと跳び起きた。


見ると、翔が僕のそばで僕を抱えていた。


「一郎、大丈夫か?ずっとうなされていたんだぞ?」


翔が僕を優しくもう一度寝かせる。僕は汗びっしょりになっていた。まだ心臓がバクバク鳴り、呼吸が荒い。翔は急いで、僕のためにコップに水をついでくれた。僕は、一気にその水を飲み干した。

 

 僕はそのまま翔に抱き着いた。


「どうしたんだ、一郎。何か悪い夢でも見たのか?」


僕は何も答えず、翔のことをぎゅっとさらに力を込めて抱きしめた。


「もう、大丈夫だ。俺がそばにいてやる」


翔は優しく僕の背中をなでた。そして、


「何か、嫌なことでもあったのか?」


と聞いた。僕は目をぎゅっとつむった。


「昨日、お前、すっかり雪だらけになって遅くまで外にいたんだよな? あれはどうしたんだ? 携帯にも出ないし、俺、心配したんだぞ?」


翔は優しく僕に尋ねた。僕は、翔に抱き着いたまま、


「僕、何も変われてなかった。何も・・・」


と絞り出すように言った。


「どうしたんだよ? 何も変われていないって何のことだ?」


翔は優しく僕の頭をなでてくれる。


「僕、昨日廉也に会ったんだ」


僕の答えに、翔の手がぴたりと止まった。


「大丈夫だったのか? 何もされてないか? 怪我はないよな?」


翔は僕の両肩を揺さぶる。僕は首を横に振った。


「何もされてないよ。ただ、道で偶然出会っちゃっただけ。僕、そこから逃げたかったのに、向こうに気付かれて・・・。別に何か暴力を振るわれたりしたわけじゃない。だけど、僕、怖くて足がすくんじゃって、それ見て廉也たち笑ってた」


「何もされてない、じゃないよ! されてるだろ!」


翔は再び僕を抱きしめた。


「僕、もう強くなったつもりでいた。でも、全然変わってなかった。廉也に会って、僕、何もできなくなった。怖くて、中学の時の恐怖が襲ってきて、僕は、もう何も考えられなくなって、ただ震えていて・・・。気弱で怖がりで弱くて、そんな僕、大嫌いなのに、何も変わってなかった。何も・・・」


僕は泣いていた。


「一郎・・・」


翔は言葉を失っている。僕は翔に抱かれたまま泣き続けた。こんなことで泣いている自分もまるで成長がないように思えて、情けなくて、余計に涙がこぼれた。


 昨晩に続いて、今夜も翔は僕んちに泊まってくれた。僕のことが放っておけないらしい。僕も、翔に隣にいてほしかった。夜にはだいぶ身体のだるさも取れてきていた。


 ところが、昼間すっかり寝すぎたらしい。夜が更けても、僕は目が冴えて一向に眠ることができなかった。


 逆に、翔の方は昨日、僕を夜通し看病していたせいで、早々に眠ってしまった。


 僕は、一人、窓の外からぼうっと外を眺めていた。今夜もまた雪だ。街灯に照らされた道の上に静かに雪が降り積もっていく。母さん、僕、どうやったら強くなれるのかな? こんなんじゃだめなのに。僕はただただ窓の外を眺めていた。時刻はもう十二時を回ろうとしている。もう寝なきゃ。明日も学校だ。

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