第33話 悲喜こもごも

 結局、この日はクラスメートたちとはギクシャクしてあまりうまく話せなかった。クラスメートの方もそうだし、僕も変に朝の一件を意識してしまい、何だか普通に関わるのを遠慮してしまった。


 だが、放課後、信一が僕にあの事件の後、はじめて話しかけてきた。


「まぁさ、なんて言ったらいいのかわからないけど、因幡がそれでいいならいいんじゃね?」


僕は顔を上げた。


「どういうこと?」


「因幡の人生は因幡のものだし、因幡の好きに生きたらいいってこと。別にそれで俺と友達じゃなくなる、とか考えなくていいから」


「いいの?」


僕はぽっと頬が赤く染まった。


「いいも悪いもないだろ。俺はもともと、そういう恋とかそんな興味なかったし。お前が誰と付き合おうが、俺にとってはどうでもいい。俺はお前と話しているのが楽しいから一緒にいるだけだ。お前が誰かと付き合っているから一緒にいるんじゃない。ただ、お前が幸せだと思っているなら、それでいい。不幸でいられるよりずっとましだ」


「わぁ、ありがとう! これからもよろしくね!」


僕は信一の手を取るとぶんぶん上下に振り回した。


「おいおい、何だよ、急に。こんなこと初対面でもしたことなかっただろ」


「だって、だって、うれしかったんだもん」


信一は照れ臭そうに頭をかいた。


「まぁ、なんだ? お前が笹原のことが好きだとか言ってたの、嘘ついてんな、って俺最初からわかってたけどね」


「そうなの?」


「だって不自然だったもん。目も泳いじゃってさ。演技してますって感じで。それで気が付かないやつらもどうかと思うぜ」


そんなに僕は不自然だったのか。やっぱり、僕は隠し事が苦手のようだ。




 料理部の方でもすでにこの話が漏れ伝わっていた。水沢先輩が部活の前に僕を迎えに来てくれた。


「ちょっと、みんなの前でカミングアウトしたって、本当にいいの?」


心配する水沢先輩とは裏腹に、僕はだいぶ吹っ切れていた。


「はい。たぶん、これでよかったんです」


「ちょっとはわたしに相談してくれたらよかったのに」


「ごめんなさい。でも、僕、翔としっかり話し合って決めたことなので、もうどうなっても後悔はないです」


「そっか。頑張って」


僕は先輩に背中を押されて、部室に入った。新藤部長が僕が入って来るなり、ばっと飛び出してきて大騒ぎになった。


「因幡くん、どうしてもっと早く言ってくれなかったの? ずっとずっと様子がおかしかったのは、このことだったの? さくちゃんの時、因幡くんがあんなこと言ったのも、結局、あの時にはすでに因幡くんは赤阪くんと付き合っていたってこと?」


「ちょっと、南美落ち着いて」


興奮して僕を問い詰める新藤部長を水沢先輩が止めに入る。僕は苦笑しながら、


「はい。実は」


と答えた。


「はぁ・・・。ちょっとわたし、落ち着くわ。水、水もってきて」


僕は急いでコップに水をつぎ、部長に手渡す。部長は一気に水を飲み干すと、


「わたし、正直、因幡くんたちのことすぐには全部を理解はできない。ちょっと考える時間をくれないかな?」


と言った。僕は頷いた。


「はい。でも、もし、受け入れてもらえなくても、僕、この部活にいてもいいですか?」


「それは、もう、ねぇ」


新藤部長は水沢先輩の方を見やった。


「わたしは問題ないけど?」


水沢先輩は僕にちらと目配せした。


「じゃ、わたしも問題ない!」


えー、新藤部長、そんなことでいいの? 僕は正直、大丈夫かな、と思ったけれど、どうやらここからいきなり追い出されることはなさそうだ。


 こんな調子で、何とか僕の学校での初めてのカミングアウトは中学の頃のような事態になるのは避けられそうだった。


 でも、やはり好意的に受け止めてくれる人ばかりでなかったのは事実だ。今まで普通に話せていたクラスメートの中には、これまでのように話せなくなった生徒が何人もいる。たぶん、お互いに意識しすぎていたんだろう。でも、このくらい、僕は覚悟の上だった。中学校の時のような目に遭わずに済んだということだけでも、僕にとってはほっとする結果だった。


 そんな中、僕が少しショックだったのは、宮上が部活をやめてしまったことだ。宮上は、水沢先輩が僕のよき理解者であること、新藤部長も僕に対する偏見をできるだけなくそうと努力してくれる部活の僕に対する肯定的な雰囲気に居心地を悪くした。


「先輩たちは知らねぇけど、俺、もうお前と付き合うの無理だわ。生理的に無理。気持ち悪い」


予想されていた言葉とはいえ、やはりそんな言葉は僕の心を深くえぐる。


「ごめんね、騙していて」


僕は宮上にそう謝るしかなかった。だが、宮上はそんな僕の謝罪を受け付けることはなく、こう言い放った。


「まじで、最低だな。俺のこともそういう目で見ていたんだろ? もうこっちに近寄ってくんな」


 僕はこの言葉に数日間落ち込んだ。僕がゲイだからって、誰彼構わず男なら欲情するわけじゃないのに。でも、仕方ない。結局は騙していた僕が悪いのだ。きっと、宮上の怒りには、僕が彼と一緒に部活をしていながら、ずっと隠し事をしていたことへの苛立ちもあるのだろう。僕はそう解釈することにした。


 でも、信一は変わらずに友達でいてくれるし、水沢先輩は相変わらず僕の味方だ。華ちゃんはまた僕と友達でいてくれると約束してくれた。僕は、最低限、自分の居場所は確保できたのかな。それもこれも翔のおかげだ。


 翔の方はというと、クラスの状況はさして僕と変わらなかったらしい。好意的な者も、去っていく者もいた。

 

 一番問題だったのは水泳部だった。翔には僕という恋人がいることがわかっているはずなのに、部員たちに


「俺たちは襲わないでくれよ」


「ホモのお前とはこれ以上付き合えない」


「お前のことは理解できない」


と言われ、だんだんと居づらくなっていく雰囲気があったという。どこでも宮上みたいな反応をする人間はいるんだな。僕はまだ宮上だけだったからよかったけれど、翔の場合は何人もこんな水泳部員がいたらしく、翔はどれだけつらかっただろう。


 何も直接的な攻撃をしないまでも、他の部員も皆何となく、翔を避けるようになっていった。


 結局翔は、来年度に控える大学受験のことも考え、このタイミングで部活を辞めることにした。もう、来年、大会に出ることは考えていなかったし、これからは僕との時間を大切にしたいと思っていたので、一番いい辞め時だったと翔は言った。


 僕は正直、この事態に自分を責めない訳にはいかなかった。僕は水泳部に直談判に行くことにした。しかし、僕が行くと、


「お、彼氏のご登場だ」


などとクスクス笑う声が周囲から聞こえてきた。僕が部長に


「翔を辞めさせないであげてください!」


と頭を下げるも、


「そんなこと言ったって、あいつが辞めるって言ってるんだし」


と取り合ってもらえない。おまけに、


「ホモセックスってどうやってするの?」


なんていきなり聞いて来た部員もいて、僕は逃げるように水泳部を後にした。


 僕は無力感を感じた。


「僕のせいで、ごめんね」


そんな風に涙をこぼして謝る僕を翔は優しく抱きしめた。、


「そんなに責任を感じるな。俺がやりたいようにやった結果だ。俺にはお前がいてくれる。それだけで十分だ」


僕は、ずっとどんな時でも翔の味方だと言って来た。こういう時こそ、翔のそばにいてあげる時だ。翔にずっと支えてもらっていた僕。今度は僕が翔の力になってあげなくちゃ。僕はそう固く決意した。

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