第32話 告白

 翌朝、翔と二人で登校した僕は意を決して、校門をくぐった。翔は僕をそっと抱き寄せた。僕らは確認するように、顔を見合わせて頷き合った。


 僕は、自分のクラスではなく、華ちゃんのクラスに直行した。翔もついてきてくれる。まずは、彼女に謝らなくてはならない。僕が翔と二人で登校してきたことで、学年中が騒然とした。昨日のことがもう学年全体に広まっているのだろう。そして、なぜか僕が翔と二人で一緒にいることも目を引いたのだろう。


 僕らは、華ちゃんの前に立った。華ちゃんは驚いて僕と翔を見比べた。僕らの周りに昨日のように人だかりができた。僕は華ちゃんの前に来ると、土下座した。


「華ちゃん、ごめん! 本当にごめん! 実は、僕にはずっと付き合ってる恋人がいるんだ。だから、華ちゃんの気持ちには答えられない」


華ちゃんは言葉を失っている。周囲は大騒ぎになった。人だかりはどんどん増えて来て、もう、ほとんどの僕の学年の生徒が僕らを取り囲んでいた。


「僕が付き合ってる恋人はね、実は、ずっと隠して来た人なんだ。こんなこと言ったら、みんなに嫌われちゃうかもってずっと怖かった。


 でも、僕は卑怯だった。本当のこと隠して、みんなに好かれたくて、嘘をついたんだ。華ちゃんが好きだって。


 だから、こうやって謝っても許してもらえないかもしれない。だけど、ごめんなさい」


華ちゃんは首を横に振った。


「違うの。一郎くん、謝らないで。わたしがあなたに告白したのは、ずっと一郎くんと一緒に部活ができて、楽しかったから。一郎くんとは話も合うし、頼りになるし、そんな他の人のうわさとか関係なく、単純にあなたと一緒の時間を過ごしてあなたを好きになった。それだけなの。


 だから、わたし、騙されたなんて思っていないよ。もし、一郎くんがいいのなら、一郎くんの彼女でなくていいから、これからも仲良くしたい。友達でいよう。ね?」


僕は泣きそうになりながら、


「ありがとう」


と何度も言った。周囲がざわつく。華ちゃんは翔を見て、もう、全てを悟っていたようだった。


「一郎くんの恋人って、もしかしてその人・・・」


と、視線を翔に向けた。僕は立ち上がった。


「うん。そうだよ。赤阪翔。それが、僕の恋人。彼氏」


それこそ蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。僕は、僕を取り囲む生徒たちの方を向いた。


「今まで、騙していてごめんなさい。僕には好きな女の子も好きな女性のタイプもありませんでした。


 僕はゲイです。僕が好きなのは、赤阪翔です。僕はずっと翔と付き合ってきました。もう、付き合って二年以上になります。


 ただ、みんなに嫌われたくなくて嘘をずっとついてきたんです。本当にごめんなさい」


僕は深々と頭を下げた。そんな僕を翔はそっと抱き寄せた。そして、翔が口を開いた。


「皆を騙していたのは俺も同罪だ。俺もずっと一郎との関係を隠してきた。そのために、皆にこうやって嘘をつこうって、二人で約束して、学校ではただの先輩と後輩のようにふるまってきた。


 でも、一つ誤解しないでほしい。一郎は、好きでずっと嘘をついてきたわけじゃない。本当なら、俺との関係だって隠したくはなかったはずだ。だけど、こうするしかなかったんだ。一郎は、皆に嫌われたくなくて、友達を失いたくなくて、ずっとこうやって演技し続けて来たんだ。


 だから、どうか、一郎を嫌いにならないであげてほしい。こいつは、いつも一生懸命だった。俺がそばで見ていて驚くくらい、ずっとずっと頑張って来た。


 こいつには、母親がいない。こいつが中学の時に病気で死んでしまった。だから、それ以来ずっと食事を自分で作り、掃除や洗濯も仕事で忙しい父親に代わって頑張って来た。


 それに、男が好きな自分を受け入れられずにずっと苦しんできたんだ。こいつは、今でも母親の死に責任を感じている。中学の時、こいつ、ゲイであることでいじめられて、一時期、学校に通えなくなった時期があった。そのことで母親に負担をかけたと、今でも後悔している。


 こいつは今まで、ずっと自分の居場所がなかった。でも、この学校で見つけたんだと、そう喜んでいたよ。俺らの嘘は、俺ら自身がこの学校で俺らの居場所を作るためについてきたものだ。特に一郎は、中学時代のようないじめに遭うのが怖くて、いつもゲイであることがバレるんじゃないかとビクビクして暮らして来た。


 こいつの居場所を奪わないでやってほしい。もし、恨むのなら、この俺を恨んでくれ。本当にすまない」


翔はそう言うと、一同に向かって深々と頭を下げた。僕はそんな翔の訴えを横で聞きながら、涙が止まらなくなっていた。周囲はしんと静まり返っている。僕の静かにすすり泣く声だけが辺りに響いていた。


「一郎、行くぞ」


翔は僕の手を引いて、人だかりをかきわけ、僕を僕の教室まで送り届けてくれた。そして、僕を席に座らせると、皆の目の前で僕の唇にそっとキスをした。そして、そのまま自分の教室へ去って行った。みんなは、そんな僕らの様子に再び大騒ぎになったが、僕にはもう何も聞こえていなかった。ただただ涙を流し、翔の温もりだけを感じていた。

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