第30話 偽装のはずが・・・
演劇部は地区大会の本番を迎えた。僕は、朝から大道具や小道具の運搬に汗を流した。華ちゃんはそんな僕をすっかり信頼してくれており、何かあれば「一郎くん!」と僕を呼んだ。僕は呼ばれるままに、会場中を走り回っていた。でも、それがまた楽しいのだ。青春しているって感覚になってくる。
だが、他の高校が上演している間、僕らは観劇という休憩時間が与えられる。木材を湿らせたようなホールの香りが心地よい。加えて、舞台上で芝居する生徒たちの声が子守唄のように耳に優しく届いて来る。
朝から重い荷物を運んだからだろうか。華ちゃんはうとうとし始めた。僕もだんだんまぶたが重くなる。その時、コトリと華ちゃんの頭が僕の肩に乗った。僕は「あっ」と思った。これ、傍から見ればカップルにしか見えないよな。かといって起こすのも可哀想だし、僕も眠いし・・・。
僕はいろいろ思案したが、眠気が勝り、いい考えも浮かばない。まあ、いいか。僕は、そのまま夢の世界にいざなわれていった。
僕らは誰かに肩をトントン叩かれて目を覚ました。僕が眠い目をこすりながら起きると、なんと、僕も華ちゃんにもたれかかるようにして寝ていた。僕も華ちゃんもビクッとして飛び起きた。その様子を他の部員や顧問の先生がクスクス笑いながら見ている。僕は顔から火が出そうになった。
「二人とも、そろそろ本番だから準備しないと」
と、小声で顧問の先生に言われ、僕らは急いで楽屋に向かった。
ホールの外に出るなり、僕らは他の演劇部員たちにいじられることになった。
「本当、華ちゃんと因幡くんって仲いいよね」
「もう、付き合っちゃえば?」
みんなが口々に僕らをからかう。華ちゃんはもう顔が真っ赤だ。
「付き合っちゃいますかね」
などと僕は軽口を叩き、一緒に笑いながら歩いた。
「一郎くん、本当に付き合ってくれるの?」
華ちゃんがふとそんな一言を漏らした。僕は華ちゃんまでこんな冗談に乗って来たと思い、
「え? どうしよっか? 僕ら付き合っちゃう?」
と冗談を飛ばした。
果たして、演劇部の上演はうまくいった。僕は黒子らしく、全身黒い服に身を包み、華ちゃんと舞台が暗転する度に舞台上を駆けまわった。そして、舞台袖で演じている役者の部員を見ながら、ふと客席に目を移すと、みんな食い入るように舞台を観ている。へぇ。演劇って結構面白そうだな、なんて僕は思って、
「ねぇ、華ちゃん。演劇って面白いね」
とそっと華ちゃんにささやいた。
「一郎くん、もしよかったら演劇部入ってくれる?」
と、恥ずかしそうに華ちゃんが聞いた。
「うーん、どうかな。僕、料理部もやっているし、ちょっと考えとく」
「うん」
暗い舞台袖でよくは見えないが、華ちゃんはどことなしか顔が高揚しているように見えた。
演劇部の地区大会は大成功に終り、僕らの高校は最優秀賞を獲得した。これで、来月の県大会に駒を進めることになったのだ。結果発表の際、華ちゃんは僕に抱き着いて喜んだ。僕はなんとなく、本当のカップルみたいだな、と思った。しかし、まだ僕らの仲は「男女の別を超えた友情」だと固く信じていた。
翌朝、僕はいつものように起き、弁当を用意し、学校へ向かった。そして、いつものように電車に乗る。今日は信一も同じ電車だ。僕らは他愛のない話をしながら、校門をくぐり、階段を上り、教室へ歩いていく。いつものように自分の席につき、通学カバンを下ろし、座ったところで、何かがいつもと違う気がした。
どうも、皆がちらちら僕の方を見てはニヤニヤしている気がする。
「なんか僕の顔についてるのかな?」
僕は前に座っている信一をつんつんつついて聞いた。信一は面倒くさそうに振り返りながら、
「さぁ。別に普通なんじゃね?」
と答える。
「そっか・・・。でもさでもさ、みんな、僕の方見て笑ってくる気がする・・・」
信一は興味なさそうに、
「気のせいじゃね?」
と言ったっきり、前を向いてしまった。
気のせい、なのかな?
僕は周りからチラチラと感じる視線をあえて無視することにした。
でも、授業が始まっても、昼休みになっても、特に何も変哲がない。いつもの平日だ。何だ、僕の気のせい、か。最後の授業を受け、ホームルームを終える。今日は、大会の翌日で演劇部はお休みだ。料理部の活動も今日はない。久しぶりに早く帰ることができそうだ。帰ったら何しようかな、などと考えながら席を立とうとした。
すると、いきなり、数人のクラスメートたちが「因幡、ちょっとこっち来いよ」と呼びに来た。彼らは僕をいきなり引っ張って隣のクラスへ連れて行く。
なになに? どういうこと?
皆、僕の方を向いてニヤニヤしている。やっぱりあの視線は僕の気のせいなんかじゃなかったんだ。何が始まるんだろう?僕は不安に駆られた。
僕が連れて行かれた先の隣のクラスは、よく考えてみると華ちゃんのクラスじゃないか。ここで何をするというのだろう?僕はわけがわからなかったが、いきなり僕は後ろからドンと背中を押され、前の方に押し出された。見ると、皆が僕のことを取り囲んでいる。
え? え? 何??
僕が前を向くと、なんと、その輪の中心には僕ともう一人、あの華ちゃんが立っているではないか。
「は、華ちゃん、これってどういうこと・・・?」
僕は困惑して華ちゃんにそう尋ねた。華ちゃんはもじもじしながら何かを言いたげにしている。しかし、どうしても一言目を言い出す勇気がない様子だ。そんな華ちゃんに、周囲から小声で
「笹原がんばれ!」
「華、いっちゃえ!」
と聞こえて来る。僕はここに来て、ようやく事態をつかみ始めた。さっと血の気が引いていく。華ちゃんはずっと恥ずかしそうにもじもじしていたが、やっと意を決したように僕の方にしっかりと目を向け、そして頭を下げた。
「一郎くん、好きです! 付き合ってください!」
周囲から一気に歓声が上がった。教室内のボルテージはマックスに高まっている。だが、僕にはその歓声はまったく聞こえていなかった。僕はただガタガタ震え出した。
どうしよう、どうしよう、どうしよう・・・。
僕の額から汗がどっと吹き出した。
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