第28話 切れない糸

 それから、僕はずっと湊からの連絡を待ち続けた。しかし、一向に湊からの連絡は来なかった。一週間が経った。二週間が経った。三週間・・・。それだけ待っても湊からの連絡は来なかった。もう、湊との関係は終わりなのかな、と思うと、僕は言い様のない寂寥感に苛まれた。


 ある日、僕の携帯に嶺くんの携帯から着信があった。嶺くんが僕に何の用事があるのだろう。そう思いながら僕は電話に出た。


「はい、もしもし。一郎です。嶺くん、どうかしたの?」


すると、電話口からあの元気な声が聞こえて来た。


「あ、いっちろぉ! 元気してた? 翔くんとエッチばかりしてないよね?」


湊の声だった。僕の目からぶおっと涙が溢れだした。


「湊・・・。湊! みなとぉ~」


僕は泣き出してしまった。


「あれあれ? 一郎ったら何で泣いてんの? もう、泣き虫だなぁ、一郎は」


そんないつもの湊の声を聞いていると、僕は余計に泣けた。


「湊、ごめんね。本当にごめん」


僕は泣きながら謝り続けた。


「本当だよ。僕を振った代償は大きいからね?」


「え?」


「あったりまえじゃん。こんないたいけな少年を振ったんだから、それなりのことはしてもらわないとね」


「たとえば?」


「うーん、そうだなぁ。じゃあ、今度、温泉連れてって! 一郎の奢りで」


「え・・・」


温泉なんて湊を連れて行ったら、いくらかかるのだろう・・・。一人で行っても高いよね。僕のお小遣いから出せる範囲なんだろうか。


「だめなの?」


「さすがに、お金が・・・」


「わぁ、ケチなんだ! じゃあ、もう僕、一郎と友達でいてやんないっ!」


「わ、わかったよ。・・・安いとこでいい?」


「何言ってるの? 高級旅館に決まってるでしょ? 露天風呂つきの超豪華な部屋を予約しといてね」


「そんなぁ」


「ま、出世払いってことで、とりあえず、僕が立て替えといてあげてもいいけど?」


なら、なんとかなるかなぁ・・・。トホホ。僕は湊を見くびっていたよ。


「はい。わかりました。探しときます」


「よろしくぅ!」


湊、調子よすぎだぞ!


「そういえば、湊、今、嶺くんと一緒にいるの? 嶺くんの番号からかけてきてるよね?」


「あ、うん。嶺くんとはいつも遊んでるよ。今日も嶺くんんちに来てるんだ」


「そっか。じゃあ、嶺くんにもよろしく言っといてね」


「あ、だったら、今、話す? 嶺くーん! 一郎が嶺くんと話したいって!」


湊は嶺くんを大声で呼んだ。電話が嶺くんに代わった。


「ああ、一郎か? そっちは変わりないか?」


「うん。嶺くんも元気そうだね」


「まぁな。それはそうと、一郎、ありがとうな」


「え? なにが? 僕、何かしたっけ?」


「湊を振ってくれて」


「はい?」


「これで、俺、やっと湊にアタックできるわ」


嶺くんが湊にアタック?? マジですか!


「ま、でも、お前が湊を傷つけたことは許さないけどな」


「あ、ええっとその・・・」


「お前の出世払いで俺の分も旅館代、よろしくな」


え? なぜ湊だけじゃなくて嶺くんにまで⁉


「あ、あのぅ・・・」


「今度温泉行くときは、俺、湊の彼氏として同行する予定だから。彼氏なのに、一緒に温泉行かないのはおかしいだろ?」


「はぁ」


ていうか、もう、湊と付き合えること前提なんだ。なんか、嶺くんも湊の影響を受けたのか破天荒になってきてない?


「じゃ、そういうことで、よろしくな」


僕が出世した時に、僕の手元に残るお金はあるのかな・・・。


「嶺くーん、なに一郎と話してるの?」


「なんでもない! ちょっとした世間話だ」


嶺くんと湊の会話が電話越しに聞こえて来る。


「じゃあ、また会おうな」


「うん。じゃあね」


 僕は電話を切った。とんでもない出費を迫られた気がする、けれど、それよりなにより、僕は湊が友達で居続けてくれることがうれしくて、クルクル踊りながら翔の家に駆けだした。


「お前、今日はやけに浮かれてるな。何かいいことでもあったのか?」


翔が怪訝な顔で僕に尋ねた。


「うん! 湊が僕とまた友達になってくれるって!」


「へぇ、よかったな。一郎、ここ最近ずーっと、湊、湊、言ってたもんな!」


翔は少々膨れっ面だ。


「あれ、もしかして、翔、妬いてる?」


「は? 妬いてねえよ! 湊なんてガキに妬いてどうすんだよ!」


「うそ? 翔、湊といつも喧嘩してるじゃん。あれ、湊の気持ち、翔はずっとわかってたんだね」


「いや、それは・・・。というか、だいたいお前はなぁ、鈍感にも程があるんだよ! 湊の様子見ていたらちょっとは気づくだろ。お前だけだよ、何も知らなかったのは」


「え、じゃあ、嶺くんも知ってたの?」


「当たり前だろ」


なんてこった! 僕は日ごろから自分の鈍感さには気付いていたが、どうも筋金入りの鈍感力の持ち主らしい。


「湊に抱き着かれても、お前、いつもヘラヘラしてたもんな。本当、イラついたわ」


「・・・ごめんなさい・・・」


「じゃあ、ちゃんと代償を払ってもらわなくちゃな」


え? あの、もう高級旅館を驕るだけの財力は残ってませんけど。


「だ、代償って、そんな大袈裟な」


「大袈裟だ? お前がまいた種なんだから、お前が責任もって刈り取るのは当然だろ?」


「・・・はい。どうしたらいいんでしょうか」


「こうするんだよ!」


翔は僕をベッドに押し倒した。あ、翔の代償はそっちか。こっちは安上がりで済んでよかった! 僕は翔に身を預けながら内心ホッとしていた。

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