第27話 友情の危機
僕はその晩、嶺くんに電話をかけた。
「今、どこに泊まっているの? 僕、湊と話したい」
「だめだ。ちょっと俺らのことは放っておいてくれないか」
それだけ言って、嶺くんは電話を切った。僕はその後何度も電話をかけたが、嶺くんは携帯の電源を落としてしまったようで、まったく通じない。
どうしよう・・・。
だけど、このままじゃいけない。このままじゃ、湊を、大切な友達の湊を失ってしまう。僕は焦った。
仕方ない。明日、朝から駅前で張り込みだ。もしかしたら、二人はもうこの街を出てしまったかもしれない。でも、それでも僕はそれに賭けるしかなかった。
僕は翌朝、早起きをすると、駅前に出かけた。寝ている翔を起こさないように、僕はそっと家を出た。そして、駅前のベンチに座り、じっと二人が現れるのを待ち続けた。
一時間経ち、二時間経ち、ただただ時間だけが過ぎて行く。もう、駅前の時計は昼の十二時を指している。僕はお腹が鳴るのを感じた。そういえば、今朝から僕は何も食べていなかった。その時、僕の肩がトントンと叩かれた。振り返ると、翔がそこにコンビニの袋を下げて立っている。
「ほら、これでも食え」
翔は僕に袋の中からおにぎりとペットボトルの水を手渡した。
「翔! ありがとう」
僕はおにぎりをむしゃぶりついた。何の変哲もないコンビニの鮭にぎり。だけど、この時に感じた味は格別だった。そして、水を一気に流し込む。生き返った気分だ。翔も僕の隣に座り、一緒におにぎりを頬張っている。
「翔、どうして僕がここにいるってわかったの?」
僕は腹が満たされ、喉が潤うと、翔に尋ねた。
「まぁ、なんていうか、な。お前のことは全部わかるっていうか」
「はぁ? どういうこと?」
僕はクスリと笑った。と、その時、向こうの方から嶺くんと湊が歩いて来る姿が目に留まった。僕は思わず駆けだした。
「湊! 湊!! 湊!!!」
僕は湊に向かって何度も叫んだ。湊はそんな僕を見つけると、僕に背を向けて逃げ出そうとした。そんな湊の腕を間一髪、僕はつかむことに成功した。しかし、その僕を嶺くんが止めた。
「ごめん、一郎。今はちょっと湊のこと、放っておいてほしい」
だけど、僕はそんな嶺くんの言葉は耳に入って来なかった。
「湊! ごめん! 本当に昨日はごめんなさい!」
「・・・知らないよ。一郎は翔とずっと一緒にいたいんだろ? だったらいればいいじゃん。僕のことなんか関係ないんだから」
「関係あるよ! 大ありだよ!」
僕は叫んだ。湊は泣きながら僕の頬をぶった。
「関係ないだろ? なんだよ、今更僕に情けでもかける気? 僕が可哀想だと思ったから? そんな同情いらないよ。もう、一郎とは友達でいられない。もう、僕とは会わないで」
その湊の言葉に、今度は僕の目から涙が溢れだした。僕の涙を見て、湊は狼狽した表情を見せた。
「そんなの嫌だよ・・・。湊ともう友達じゃないなんて、嫌だ。絶対に嫌だ!」
僕は泣きながら湊に抱き着いた。
「・・・じゃあ、僕と付き合ってくれるの?」
湊も涙ながらに僕に聞く。
「・・・ごめん。それはできない」
「だったら・・・」
「だけど! だけど、湊は僕にとって大切な友達だから。失いたくないんだ。ごめんね。僕、こんな我儘で。でも、この我儘、今日だけは突き通させて」
「じゃあ、僕の我儘だって聞いてくれてもいいじゃん。僕と付き合ってよ。僕の彼氏になってよ。頼むよ」
「・・・ごめん。僕ばっかり自己中でごめん」
湊はその場にへたり込んで子どものように泣きじゃくった。
「なんでだよ・・・。なんでだめなんだよ・・・」
「本当にごめん・・・。でも、やっぱり僕は翔を捨てられない。僕のことを一番に理解してくれているのは、翔だから。あいつ、僕がいないとだめなんだ」
「僕だって、僕だって一郎がいないとだめなんだよ。一郎、そばにいてよ。僕がチャラいのがだめ? いろんな男とヤッてるから? 僕、もうそんなことしてないよ。携帯ないからアプリもやってない。だから、だから、頼むよ」
「ううん。そうじゃないんだ。確かに、湊はもういろんな男とやるのはやめた方がいい。アプリももうやらない方がいい。湊はぜんぜんだめなんかじゃない。僕は、湊のこと大好きだよ。だけど、それは友達として好きという気持ちなんだ。恋人は僕にとって翔しかいない。でも、僕にとっての大切な友達としての湊も湊にしかできないんだ」
湊はしばらくさめざめと泣いていたが、しばらくして立ち上がると、
「わかった。でも、すぐには答えは出せない。また、連絡するよ」
そう言い残すと、嶺くんと二人で帰って行った。
僕はその場に立ち尽くして涙をただ流し続けていた。翔が僕のそばにやってきて、そっと僕の肩を抱いてくれた。僕は翔に抱き着いて泣いた。湊を傷つけざるをえない僕自身への罪悪感。湊がもう友達ではいてくれなくなるのではないか、という切なさ。いろいろな想いが僕の中を駆け巡り、僕は涙を止めることができなかった。
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