第26話 すれ違い
文化祭が終わると余韻に浸る余裕もなく、一斉に片付けが始まる。何週間もかけて制作されたオブジェが、今は粉々に砕かれ、ゴミ袋に詰まっている。僕らがカレーうどんを販売していた屋台も解体され、すっかり跡形もなく片付いている。
片付けの最中、僕は、ずっと湊のことで心ここにあらずだった。一体、湊は僕となんの話をしたいのだろう? 翔も嶺くんもいない状況って、どこで作ればいいのかな?
「因幡、そっち持って」
誰かが何か言ってる。
「因幡? おい、因幡! 聞いてんのか?」
僕ははっとした。宮上が、屋台の骨組みに使った木材の端を持ち上げている。
「あ、ごめん。ぼうっとしてた」
僕は、慌てて宮上の反対の端をもつ。
「因幡はいいご身分でいいっすね。恋わずらいっすか? 笹原のこと考えてぼうっとしてたんだろ? 今日、演劇部で告ったりでもしたわけ?」
「そんなことしてないよ。僕にもいろいろあるっていうか・・・」
「へぇ、いろいろ、ね」
宮上は、どうも僕の様子が不審に見えるらしい。怪訝そうにじっと僕を見つめる。僕は、思わず顔をそらせた。
片付けが終わり、解散すると、僕は翔、湊、嶺くんの三人と合流し、約束通りボーリングに行った。ボーリングの最中、いつもの明るい湊の表情はどこかこわばっており、元気も今一つない。
「湊、お化け屋敷のときの元気はどこいったんだ? 悪いもんでも食ったのか?」
翔がからかう。
「い、いやだなぁ。考えすぎだよ。ほら、次、翔くんの番!」
湊、なんだか無理してないか?空元気って今の湊みたいな状態をいうんだと思うよ。翔を追い払うと、再び物憂げな表情に戻る湊を見て、僕はそう思った。
「ちょっと、一郎」
嶺くんが僕をそっと手招きしている。今度は嶺くんかよ。今日はいろんな人に呼び出しを食らって忙しいな。
「なに?」
「さっき、湊と二人でなに話してたんだ?」
「あー、なんか、僕と二人で話したいことがあるみたい」
それを聞いた嶺くんの表情が曇る。え、なんか僕、いけないこと言ったかな?
「そうか」
それだけ言うと、嶺くんはみんなのところへ戻って行った。今度はなに? 何か、今日は湊といい、嶺くんといい意味深な行動ばかりしているな。言いたいことがあるならはっきり言えばいいのに。
僕はなんだかイライラしてきた。僕も湊も嶺くんも三人揃ってそれぞれ物思いにふけっていたり、機嫌が悪かったりするので、翔も困惑している。結局、ボーリングは早々に切り上げ、僕たちは帰ることにした。なんだか重苦しい空気が僕らの間に流れる。
「お前ら、なにかあったの?」
翔がこっそり僕に囁く。
「そんなの、僕が知りたいよ」
「どういうこと? てか、なんでお前まで、機嫌悪いわけ?」
「みんな、言いたいことはっきり言わないからだよ。僕にどうしろって言うのかさっぱりわからない」
「はぁ? わけわかんねぇ」
「僕もわけわかんないの。だから、イライラしてるの」
あんなに楽しみにしていた僕らの再会は、すっかり楽しいものではなくなってしまっていた。
家に帰ると、嶺くんはおもむろに、
「今日は暑かったから風呂に先に入りたい」
と言い出した。僕は急いでお風呂を沸かした。すると、
「今日は翔と風呂に入りたい」
と言う。嶺くんが何を考えているのか、僕にはさっぱりわからない。
「は? 俺、一郎と入るつもりだったんだけど」
翔は僕と風呂に入るのを妨害されて機嫌が悪くなった。
「翔と話がある」
「話って、ここですればいいだろ?」
「いや、二人で話したい」
嶺はそう言うと、翔を無理矢理引っ張って風呂場に入って行った。
僕は意味がわからなかったが、とにもかくにも湊と二人の状況ができたわけだ。この機会を利用して湊に話を聞くしかない。
「湊、僕に話したいことあるって言ってたけど、今なら聞けるよ」
すると、いきなり湊が僕に抱き着いてきた。
「おいおい! いきなりどうしたんだよ!」
「一郎、好き」
「はぁ? そんなこと知ってるよ。僕も湊のこと好きだし」
「そうじゃなくて、一郎のこと好きなの! 翔くんと別れて?」
はい? どういうこと? 僕が翔と別れなきゃいけないわけ? 事態が呑み込めない僕に、いきなり湊は口づけをしてきた。僕は思わず、湊を突き放した。
「いい加減にしてよ! なんなんだよ、さっきから」
すると、湊は急に涙目になって叫んだ。
「なんで翔なんだ・・・。なんで僕じゃなくて翔なんだよ! 翔なんかと別れてよ。僕と、僕と付き合おうよ。ねえ、いいでしょ? ねえ、ってば!」
僕はやっと湊のいわんとすることを理解した。それと同時に、僕の思考は停止してしまった。湊が僕を好きってそういうこと?
「湊・・・」
「一郎、僕と付き合おう? 好きだよ。一郎のこと、めっちゃ好き!」
湊は僕に再びキスしようとしてくる。僕は思わず叫んだ。
「無理だよ!」
湊の頬を涙がつたった。
「・・・無理だよ、湊。ごめん。湊の気持ちには答えられない」
湊は静かに泣き続けた。僕は椅子の上に力なく座り込んだ。
しばらくすると、そこに翔と嶺くんが風呂から上がって出て来た。
「嶺、意味わかんねぇよ。話って何もないじゃん。何のために俺と風呂に・・・。あれ? お前らどうかしたの?」
翔はただならぬ僕と湊の様子を見て立ち止まった。すると、嶺くんがいきなり、
「ごめん。俺、今日、湊と他に宿取ってるんだ。悪いな。じゃあ」
と言うなり、湊の手を引いて僕の家を飛び出して行った。
「お、おい! お前ら、どういうことだよ!」
翔がそんな二人の後ろ姿に叫ぶ。
「はぁ? なんか意味わかんねぇよな。おい、一郎、湊となにがあったんだ?」
僕は顔を上げた。翔に話したい。相談したい。翔の力を借りたい。だけど、この問題は、僕が解決しなきゃいけない問題だと思った。
「ううん。何でもない。ごめんね、心配かけて」
「なんだよ、一郎までだんまりかよ」
「ごめん。でも、ちょっと今はこうさせて」
僕は翔の胸に頭を預けた。
「一郎・・・」
翔はしばらく戸惑っていたが、やがて、僕の頭を優しくなでてくれた。
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