第六章 交錯する慕情

第25話 再会

 制服のクリーニングが完成し、ようやく、文化祭も本番を迎えた。


 今日は湊と嶺くんに会えるのだ。それが楽しみだ。午前中の演劇部の本番を無事に終え、僕はダッシュで料理部の屋台に走り、カレーうどんを作った。僕の仕事は昼過ぎまでで、それからは自由時間だ。午後には二人と合流する予定になっている。


 手打ちカレーうどんはすこぶる好評で、売れ行きも好調だ。僕は昼までの仕事をこなすと、次の担当者である新藤部長に仕事を引き継ぎ、ようやく自由の身になった。


 僕は湊と嶺くんとの集合場所となっている校門へ走った。二人の姿が見える。僕はその中に飛び込んだ。


「久しぶり! 元気だった?」


「おー、一郎! 制服姿可愛いじゃん」


と相変わらず調子のいい湊。


「ええ? そんなの初めて言われたよ」


お世辞に弱い僕は思わず照れた。


「元気そうだな。よかった」


と嶺くん。


「嶺くんも元気そうだね。湊と同じ高校になったんだって?」


「ああ。学年は違うから、いつも一緒ってわけでもないけどな」


「でも、嶺くんの家で遊んだりしてるよ。もちろん、親には嶺くんがゲイだってことは内緒」


そうか。なんだかんだ、湊と嶺くんも仲良くやっているんだ。湊、よかったね。高校生活でも、もう湊は独りじゃないね。


「早速行こう」


 僕らはワイワイ出発した。


 まずは、翔のクラスのお化け屋敷だ。翔は頭から白い布を被って客引きをしていた。僕らはその姿がおかしくて、翔を大笑いしながらからかった。湊は相変わらず、翔を手玉に取っておちょくっている。翔はそんな湊にいちいち本気で怒り、神経をすり減らして地団駄を踏んでいる。この二人、仲がいいんだか悪いんだか・・・。


 そんな翔と一緒に写真を撮り、お化け屋敷に入る。たかが文化祭の出し物だとすっかり舐めてかかったお化け屋敷だったが、僕は一人本気で怖がった。いきなりお化け役の生徒が大声を上げて飛び出して来たりするのだ。すっかり僕は肝を冷やし、何度も情けない悲鳴を上げた。そして、思わず僕のすぐ前を行く湊にぴったりしがみついた。湊はそんな僕を笑いながらも、リードして先を歩いてくれた。湊のやつ、そんな頼もしい所もあるんだな。


「一郎って本当は怖がりやさんだったんだね。可愛い!」


お化け屋敷を出た途端、湊は、そんなことを言いつつ僕の頬にチューしてくる。


「わぁ! 何するんだよ!」


僕が頓狂な声を上げると、湊はキャッキャと喜んでいる。それを見た翔が飛んで来て、湊の耳をつまみ上げた。


「お前、いい加減にしとけよ」


そんな翔に湊は「あっかんべー」と舌を出し、身を翻して一目散に逃げだした。再び地団駄を踏んで悔しがる翔を置いて、僕と嶺くんは慌てて湊の後を追いかけた。


 それから、屋台を回って買い食いをしつつ、ちょうど、料理部のカレーうどんの前を通りかかった。その時間の担当は、確かまだ新藤部長のはずだ。最近、特に部長には怪しまれているから、見つからないようにしよう。僕は、料理部の屋台の前をそそくさ前を通りすぎようとしたが、新藤先輩も目ざとい。なんとか見つからずに済んだ、とほっと一息ついた瞬間、「因幡くん!」と呼び止められた。


「あ、どうも」


僕はまた面倒なことになりそうだと思いつつ、愛想笑いをして手を振った。


「え? 誰? 知り合い?」


興味津々な湊を引っ張って、僕は足早に先に進む。


「僕の部活の部長。最近、ちょっと怪しまれてて」


料理部の屋台の見えないところまできて、僕はやっと一息ついてそう答えた。


「怪しまれるって、お前がゲイだって?」


と嶺くん。


「ゲイだとかゲイじゃないとか、僕に好きな女の子がいるとかいないとか。」


「えー⁉ 一郎ってノンケだったの?」


と、また湊が騒ぎ出す。


「ノンケってなに?」


「一郎、ノンケも知らないの? 一郎が女の子が好きだってこと!」


「あ、いや、そんなわけないじゃん・・・」


「ふうん。でも、一郎、隠し事苦手そうだもんね。すぐばれそう」


と湊。前にも翔に同じこと言われたなぁ。トホホ・・・。


「でもさ、もし、一郎がゲイだってみんなにバレたら、その時は一郎、どうするの?」


湊にそう聞かれ、僕は言葉につまってしまった。


「どうって・・・。どうなるんだろ・・・。湊と嶺くんならどうする?」


「そんなこと想像したこともないな。あまりしたくない想像だ」


「僕はもう、中学と前の高校でバレたけどね。だから、僕は嶺くんの高校に転入したんだ。あ、一郎は、その話もう知ってるか」


この中では湊がこの手の状況に一番タフそうだ。


 そんな他愛ない会話をしつつ休んでいると、いきなり湊が


「あー、なんか喉乾いちゃったな。僕、ジュース飲みたい! どこかにジュースのお店出てなかったっけ?」


と言うなり、僕の手を引いて駆けだした。本当に忙しいやつだな。


 だが、湊はジュースを買うでもなく、まるで僕を嶺くんから引き離すように走り続け、植木の陰に隠れるように座った。


「湊、嶺くん置いてきぼりだよ。ジュースは? いらないの?」


「気が変わった。もういいや」


「いいんかい! で、僕をこんなところに連れて来て、なにかあるの?」


あんなに饒舌だった湊はそこではじめて口ごもった。


「湊?」


「・・・一郎。僕、後で一郎と二人で話したい」


「二人で? 嶺くんはどうするの? 翔は? 放ったらかし?」


「そんなのいいから。僕は一郎と二人で話したいの!」


そんなこと言われても、文化祭終わったあと、僕らは集まって遊ぶ約束になっているし、今夜は四人で僕の家に泊まることになっているし、二人になる時間なんてあるかな。しかし、いつになく真剣な表情の湊を見ると、無下にもできない。


「わかった。考えとく」


と言う僕に湊は頷いた。

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