第23話 風の噂
気が付くと、もう夕日が沈む時刻になっていた。僕は制服をもう一度確認したが、まだ半乾きだった。仕方なく、僕はこのまま体操服で、まだ湿っている靴を手に持って裸足で帰ることにした。
こんな時間になれば、料理部の部員も全員帰ってしまっているだろう。僕はこのまま直帰することにした。いざ外を裸足で歩いてみると、普段なら何でもない石ころが足裏に突き刺さって激痛が走る。僕は足元を用心しながら歩いた。だが、しばらく経つと大地を直接踏みつける感覚が心地よくなってくる。僕は思いっきり深呼吸をした。靴や靴下の締め付けがない分、解放感があって気持ちいい。いろいろなしがらみから解き放たれたようなそんな気分がして来る。翔との関係を隠したり、笹原さんとの付き合い方に気を配ったり、そんなしがらみに縛られた生活をそろそろ終わりにしたいな。僕はふとそんなことを思った。
そんな裸足で歩く僕の足元が痛々しく見えたのか、
「本当にごめんなさい」
と笹原さんは再び何度も謝った。
「もういいって。笹原さんをあそこで放って置く方が、僕は嫌だったし」
すると、笹原さんはぽっと頬を赤く染めた。しばらく恥ずかしそうな様子で僕と並んで歩いていた彼女は、おもむろに口を開いた。
「あの、こんなこと頼むのもおこがましいとは思うんだけど・・・」
「なに?」
「もしよかったら、今度の作品、演劇部の応援に入ってくれないかな? スタッフの数が後一人、足りなくて。音声さんも照明さんはもう頼んでる人がいるんだけど、暗転した時に小道具や大道具を移動させるスタッフが必要なの」
と笹原さんにお願いされた僕は、快く引き受けることに決めた。
「いいよ。僕でいいのなら」
「ありがとう」
笹原さんは頬を赤らめたまま礼を言い、
「あ、わたし、こっちだから。じゃあね」
と、僕とは別方向へ帰って行った。
「また明日!」
僕は彼女を見送った。
僕は家に帰ると、早速、制服をもう一度見てみた。やはり、色が完全に落ちてはいない。これはクリーニングに出すしかなさそうだ。僕は急いで着替えると、近所のクリーニング屋へ急いだ。しかし、クリーニング屋で僕の制服が仕上がるのは最短で一週間ということだった。
困ったことになったな・・・。
僕は学校に電話をし、事情を説明することにした。幸い、制服のクリーニングが終わるまで体操服での登校が許可された。これでひとまず一件落着だ。
この話を翔にすると、
「お前もお人よしだな」
と、翔は呆れたように言った。
「仕方ないじゃん。放っておくわけにもいかなかったし、まさかペンキがこぼれてるとも思わないからさ」
「そりゃそうだけど、その笹原って子とは大丈夫なんだろうな?」
「大丈夫だよ」
「でも、一郎が好きな設定にしている子なら、一緒に仲良くしているところを見られたら、変な噂が立つだろ。それに、その笹原って子がもしお前のことを、友達以上に見るようになったらどうするんだ?」
「そんなのないない」
僕は翔の心配を笑い飛ばした。翔ったら、ちょっと神経質すぎるんだよ、と僕は思った。笹原さんとは、普通に話して普通に仲良くなっただけだ。僕が笹原さんを手伝っている間、僕は周囲に誰もいなかったし、変な噂などどこで立つというのだろう。僕はこの時、この行動にどんな問題があるのかということもまともに考えていなかった。
ところが、翌日、僕は一人だけ体操服で登校したために、学校中で注目の的だった。しかも、クラスメートの一人が、僕が笹原さんと一緒に段ボールを運ぶ手伝いをしているのを見たらしく、その噂でクラス中もちきりだった。
「よかったな、因幡」
「いつの間にそんなに仲良くなったんだ?」
「告白したのか?」
男子生徒たちが口々に僕にそんな言葉をかけてくる。僕が華の荷物運びを手伝い、制服を汚したこと。そのために体操服で登校していること。そして、演劇部の手伝いをすることまで、風の噂ですっかり広まっていた。
僕は華とカップル成立したかのごとく、皆に祝福されたりからかわれたりする。普段、そんな話をしない信一まで、
「よかったな、因幡。頑張れよ」
なんて言ってくる。
「いやぁ、ちょっと手伝うって言っただけだからさ。それ以上何もないよ」
「なんか、お前あんまり嬉しそうじゃない」
信一が不審そうに僕を見る。僕はギクッとした。
「わぁ、うれしいなぁ。アハハハ・・・」
信一の怪訝な視線が突き刺さる。
わわわ、ヤバいヤバいヤバい!
僕は昨日の自分の浅はかさを後悔した。僕はたまらず自分の教室を飛び出し、翔の教室を訪れた。教室にちょこっと顔を出して翔に手を振る。翔が僕の方に駆け寄って来た。
「おい、こんな所にまで気軽に来るなよ。しかもお前だけ体操服だから目立っているし。変な噂が立つだろ」
翔が小声で小言を言いながら、僕を空き教室まで連れて行く。その空き教室で、僕は今の状況を翔に説明し、助けを求めた。
「どうしよう。このままじゃまずいよ」
翔は大きなため息をつき、舌打ちをした。
「ったく、だから俺が大丈夫なのかって聞いたんだよ。本当にお前ってやつは、次から次へと面倒な問題起こすな、本当に!」
「ごめん・・・」
「いいか? まだ、お前らは告ってもない仲なんだ。このまま仲のいい友達で押し通せ。そのうちあいつらも飽きる」
「ええ⁉ でもでも、あんなに仲良くなったのに、告白も何もしないって逆に怪しまれない?」
「タイミングがなかったとか何とでも言い訳できるだろう。いいか? 笹原とこれ以上あまり仲良くなるなよ。それから、ちゃんと仲がうまくいきませんでしたって、男共の前では落ち込んだ振りしとけ。いいな」
そんなうまくいくのかなぁ。
僕は半信半疑だったが、そうする他、この危機を打開することはできないだろう。ここは、「演劇部」の応援スタッフらしく、演技し通すしかない。
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