第20話 僕も居場所に

 今日は父さんが早く帰って来る。だから、湊の相手をこれ以上している余裕はなく、僕は夕飯の準備を始めた。


 湊は、居間で勝手に僕の持ってるゲームをしながら


「ねえ、一郎、お腹すいた!」


なんて時々アピールしてくる。


「今作ってるところだから待ってろって!」


僕は湊の相手をするのがだんだん疲れて来る。




 そうこうしているうちに、父さんが帰宅した。


「おかえり」


僕は玄関まで父さんを迎えに行く。すぐ後ろから湊がついてきて、


「お邪魔してまーす!」


なんて調子のいいこと言っている。


「あれ? 一郎、今日は友達が来てるのか。翔くん以外の友達を泊めるなんて、珍しいな」


「桐谷湊です! 一郎くんの同級生です!」


僕が答える前に、湊はどんどん自分から父さんの質問に答えていく。


「一郎の同級生? 一郎、同級生で泊まりにくるような仲のいい友達がいたんだな」


湊は僕に抱き着いて、


「一郎、僕とずーっと仲良しだよね?」


なんて言ってくる。


「ああ、もう、離れてよ!」


そんな僕らの様子を見て、父さんはノー天気に「ハハ、仲のいいことで」なんて僕をからかった。こんな適当な父さんで僕は助かった。僕らの関係を根掘り葉掘り聞かれるようなこともなかった。それでも、僕は余計なことを聞かれまいと一気にご飯をかきこみ、風呂の準備を始めた。


 だが、今度は湊のやつ、僕と一緒に入る、と言ってきかない。仕方なく、僕と湊は狭い風呂場にぎゅうぎゅう詰めで入った。事あるごとに僕に抱き着いたり、キスしようとしたり、僕の身体に触れてきたりする。やっぱり泊めるんじゃなかった・・・。僕はすこぶる後悔した。


 僕はすっかり疲れてしまい、今日は早く寝ようと自分のベッドに入ろうとした。すると、すでに湊が僕のベッドを占領している。僕はため息をついて、仕方なく、床に別の布団を敷いて自分はそっちに横になった。


 どれくらい眠っただろうか? 僕は自分の身体に何かが絡みついてもそもそする感覚に目を覚ました。見ると、湊が僕の布団に入って来て、僕にぎゅっと抱き着いて寝ている。


「おい、湊、何してんだよ!」


僕は跳び起きようとしたが、湊ががっしりと僕を抱きしめて離そうとしない。


「ねえ、一郎。僕のこと見捨てたりしない? ずっと一緒にいてくれる?」


「うん。わかったから、ちょっと離れて」


「違うの。ちゃんと答えてよ。僕のこと見捨てたりしない?」


僕が湊を見ると、湊は涙をポロポロこぼしていた。


「湊・・・」


僕はなんと言っていいのかわからず、湊を抱きしめ返した。湊は僕の胸の中で声を上げて泣き出した。


 僕は湊が泣き止むまでずっと湊を抱きしめてあげていた。どれだけ泣いただろうか。湊の泣き声がだんだん小さくなってきた。湊は涙を拭うと、僕にこんな話をしてくれた。


「僕は、小学生の時からずっと自分がゲイなんだろうな、って薄々気付いていたんだ。でも、それが悪いことだとはずっと思わなくて、中学に入って、好きだったやつに告った。


 そしたら、そいつに気持ち悪がられて避けられて、僕は中学で居場所を失った。そんな時、アプリを始めたの。


 アプリで会う人は、僕をいじめたりしない。それに、エッチをするのが単純に気持ちよくて、学校なんか行くよりずっと楽しかった。


 僕、高校に入ってからも、学校サボってアプリの人と会ったりしてた。だから、高校でも、僕友達全然いない。


 でも、アプリで会う人って、ほとんど身体目的だから、一回ヤッたらすぐに連絡が来なくなっちゃう。だから、どんどんいろんな人と会って、毎回毎回ヤるだけヤッたらおしまいで、際限なくなっちゃってさ」


「でも、この前、彼氏三人いたって・・・」


「ああ、キャンプの時に僕が話したやつ? うん。いたよ。でも、ゲイの恋愛って短いからさ。全員三か月も続かなかった。一番短いやつなんか、二週間だよ。デートも一回もしなかった。僕がそいつの家に遊びに行ってエッチしただけ。今では誰とも連絡取ってない」


「そうなんだ・・・」


「うん。一郎も嶺くんも、アプリやめろって言ってたよね。ごめんね、約束破って。でも、アプリやめたら、僕、本当に独りぼっちだからやめられないんだ。アプリの人だけが僕と話してくれる。僕と仲良くしてくれる。だから、アプリやめろ、とか言わないで・・・」


「湊、それは違うよ」


僕は湊に優しく話しかけた。


「湊は独りじゃないよ。僕が湊の友達でいるよ。湊、僕のこと友達だって思ってくれたから、今日、僕に会いに来てくれたんじゃないの?」


「・・・うん・・・」


「だったら独りじゃないよ。少なくとも、僕は湊の味方だよ。湊は僕は初めて出会ったゲイの友達だから。湊の前で、僕は本当の僕でいられる。何も隠し事をしなくていい、そんな大切な居場所なんだ。だから、独りだ、なんて言わないでよ。淋しいよ」


湊は再び目にうるうる涙を溜めて言った。


「僕は、もう、こんな一回だけで終わる関係は嫌だ。ずっと一緒にいられる人がほしい。一郎は、そんな人になってくれる?」


「うん、約束する」


「ありがとう」


湊は僕にもう一度抱き着いて静かに泣いた。


「でも、僕、アプリのこと親に言ったら、許してもらえるかどうかなんてわからない。もう携帯も取り上げられちゃうかもしれない。そしたら、一郎と会えるの、今日が最後になっちゃうよ・・・」


「湊、ばかだなぁ。手紙もあるし、固定電話もあるじゃん。僕、うちの住所、後で教えるよ。だから、いつでも僕に何かあったら手紙出せばいい。話したければ電話して来なよ。公衆電話だってあるんだから。ね?」


湊は、はっとして顔を上げた。そして、「はぁ」と一息つくと、次の瞬間、いつものおちゃらけた湊に戻っていた。


「なーんだ。じゃあ、僕、明日帰ったら、親に正直に言うよ。あーあ、泣いたりして損しちゃったな。バカみたいじゃん、僕」


「なに、湊、僕と会えなくなると思って、僕んとこ慌てて飛んできたの?」


僕はそんなあわてんぼうの湊を想像して、ちょっと吹き出しそうになった。


「い、いや・・・。もう、やだなぁ。一郎の意地悪! わかってたならもっと早く言ってよ。あ、もしかしてじらしてた? 寸止めプレイ? わぁ、一郎、ドエスだったんだ。なに、僕を縄でしばったりロウソクプレイとかしたいの? どうしよう、僕、そんな変態なプレイしたことなーい!」


いや、湊。僕はきみが何を言っているのかさっぱりわからないよ。でも、そうやって必死に取り繕おうとしてるのはわかる。僕は思わずクスッと笑った。


「あ、一郎が笑った! 何がおかしいの? なんか僕おかしいことした?」


湊は余計に焦ってわぁわぁわめいている。僕はとうとう我慢ができずに吹き出した。僕が腹を抱えて笑っているのを、


「一郎、ひどいなぁ」


と少し恨めしそうに見ていた湊も、そのうち僕につられて一緒に笑い出した。僕らはずっと一緒に声を上げて笑い続けた。


「なんか、湊、可愛いね。めっちゃ可愛い」


僕が笑いながらそう言うと、湊はパッと顔を赤らめ、しかしそれを隠すようにエッヘンと偉そうに咳払いをした。


「でしょ? 一郎も僕の可愛いところ、気付いた? じゃ、付き合って!」


「あ、いや。僕には翔が・・・」


「え? いいじゃん。じゃあ、二番目の男になってあげてもいいよ?」


「に、二番目? バカじゃないの?」


僕は全身からどっと汗が噴き出してくる。


「あ、そういえば、アプリのこと家族や学校にバレるのが怖かったんじゃないの?」


「あぁ、確かにちょっと怒られそうで怖いな。でも、一郎がずっと僕と一緒にいてくれるって約束してくれたから、もうなんにも怖くないよ。学校なんてもともと友達もいないし、バレて居づらくなったら転学でもするから問題なーし! あ、もし家追い出されたら、一郎が責任もって、僕を引き取ってくれるよね。だから、いいの」


え、そんなことまでは約束してないけど・・・。


「じゃ、おやすみー」


湊はそう言って、僕が何かを言う前に布団をかぶって寝てしまった。やれやれ。ま、もし湊が家を失うことになったら、翔とまたいろいろ考えてやるか。嶺くんにも相談すればよし。三人寄れば文殊の知恵、だしね。


 楽天的な湊と一緒にいると、僕まで楽天的な性格になって来る。


 翌朝、湊は僕の見送りを受けて、帰って行った。湊、頑張れよ。僕は心の中でそっと応援の言葉をかけた。

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