第四章 本当の居場所
第19話 突然の訪問客
夏休みも終わりに近づくと、暑いのを言い訳にずっと家でゴロゴロしていた僕も宿題に取りかからなくちゃいけない。僕は面倒なことは後回しにする性格だから、夏休みの終わりはいつも後悔の連続だ。翔に宿題を手伝ってもらおうと思ったら、今日から水泳部の合宿でいない。こういうときに限って役に立たないのがあいつだ。
昼下がり、エアコンの効いた部屋で机に向かっていると、嫌でも睡魔に襲われる。カクンカクンと首が揺れる。もうだめ。十分だけ寝よう。僕はベッドの上に身体を投げ出した。
どれくらい寝たのだろう。微かに携帯の着信音らしき音が鳴っている気がする。夢かな。僕は夢うつつのまま、携帯に手を伸ばす。携帯に手が届かない。やっとのことで携帯に手が触れた瞬間、携帯は床に落ち、その音で僕ははっきりと目が覚めた。慌てて携帯を拾い上げると、湊から電話だ。なんだなんだ、この忙しい時に。
「はい、もしもし。何か用?」
「一郎、今、どこ?」
「家だけど」
「何してるの?」
「宿題してたとこ」
「じゃあ、今日暇?」
「いや、だから宿題が・・・」
「よかったぁ。暇なんだね。じゃあ、駅まで迎えに来てよ。今、塩野駅に来てるんだ」
塩野駅? え、僕んちの最寄り駅じゃん。なぜ、そんなところに湊が?
「すぐ来てね。僕、これ以上待たされたら暑くて熱中症になっちゃうから、そうなったら一郎、責任取ってよ」
僕が何か返事をする前に通話はさっさと切られてしまった。あぁ、もうなんだよ。こんな暑いのに外に出ろっていうの? しかも宿題まだ終わってないし。僕はぶつくさ文句を言いながら、サンダルを足につっかけ、残暑のきつい街中をよろよろ駅に向かって歩いて行った。
駅前に着くと、湊が一人でポツンとベンチに座っているのが見えた。僕が駆け寄ると、ちょっと恥ずかしそうに「よっ」と手を挙げた。
「湊、来るなら来るって連絡してよ。どうしたの、急に?」
僕が尋ねると、湊は僕の質問には答えずに、
「しばらく、一郎の家に置いてくれないかな?」
と言う。こいつはいきなり何を言い出すんだ?
「え?」
「いや、何でもいいからさ。だって、一郎は僕の友達でしょ?」
「待ってよ。いくら友達だからって理由も聞かずにしばらく泊めてくれ、なんてことできるわけないよ。何があったの? ちゃんと説明して」
湊はしばらく黙ってうつむいていたが、おもむろにポケットから携帯を取り出した。そして、あのゲイ用の出会い系アプリを開いて僕らに見せた。「こいつ」と、湊が示す先に、イケメン風な同年代の男の子の写真があった。
「この人がどうかしたの?」
湊は僕が質問すると、この男の子とのメッセージのやり取りを僕らに見せた。見ると、湊の裸の写真や局部のアップなど何枚もの写真が送信されている。
「湊、これ・・・」
「へへ、エロいだろ?」
湊はまだそんな冗談をかましてくる。
「湊!」
僕が少し強めに注意すると、「ほら」と湊は続きのメッセージを見せる。相手から何通も何通もメッセージが一方的に入っていた。
「お前、覚えてろよ」
「殺されたいのか?」
「お前の写真、学校に送りつけてやる」
湊の手が微かに震えていた。僕は言葉を失った。
「助けて」
湊の表情はおちゃらけた笑顔が消え、今にも泣きそうだった。
「湊・・・」
僕は、とりあえず、僕の家に湊を連れて行くことにした。僕の部屋に湊を通し、じっくり話を聞いた。
「これ、どういうことなの?」
湊は僕の質問に答えにくそうにしていたが、ポツリポツリと話し始めた。
「こいつ、最初に僕にメッセージをくれたとき、十八歳の大学生だって言ってたんだ。写真もかっこよかったし、僕のことかわいいですねって言ってくれた。僕、うれしくなっちゃって、毎日メッセージするようになっていったんだ。
そしたら、僕の裸を見たいって言われて、僕、自分の裸の写真、送ったんだ。このアプリだったらそういうの、よくあることだし、僕、最初は特に何も考えないで送ってた。
でも、だんだん、僕のちんこ拡大して写せ、とか、お尻を見せろ、とか要求されていった。だけど、イケメンの大学生から見せてって言われたら断れないじゃん。だから、僕、こいつの要求全部飲んだよ。
そしたら、今度は会ってセックスしたいって言われた。僕、うれしくて、すぐ行きますって返信したんだ。
でも、待ち合わせの時間に待ち合わせ場所に行ってもこいつ、全然来ないんだよ。変だな、と思っていたら、急に、「きみ、みなくん?」って声をかけられた。見たら、五十過ぎのおっさんが立ってた。僕、このアプリ、みなって名前でやってるんだけど、そんな名前、アプリやってる人じゃないと知らないはずなんだ。だけど、こんな人、見たこともなくて、僕、気持ち悪くなって帰ろうとしたんだ。
そしたら、そいつ、僕の腕を急につかんできてさ。この十八歳の大学生だって言うんだ。そんなの信じられないでしょ? でも、僕の送った、僕の裸の写真全部見せつけられたら、信じるしかないじゃん・・・。
僕、気持ち悪くて逃げようとしたんだ。でも、逃げようとしたら、僕の裸、ネット上にばら撒くって脅された。僕、怖くなって、抵抗できなくて、そのおっさんに連れられてホテルに行ったんだ。
でも、どうしてもおっさんに犯されるのが嫌で、おっさんがトイレに行っている間に、僕、こっそり逃げ出して来たんだ。それから、ずっとこうやって脅されてるの。
僕、もう、自分の高校の名前もこいつに教えちゃってるし、こんなのバレたら、家にも入れてもらえなくなるよ。
どうしよう、一郎。もう、僕、行く所がないんだ。だから、お願い。一緒に住ませて」
そう言って湊は泣き出した。僕の心配していたことが起こってしまった。でも、こんなこと、僕にもどうしようもない。
「警察に連絡した? こいつに何かされてからじゃ遅いから早くしないと」
と言う僕を湊は全力で止めた。
「警察だけはだめ! 警察に言ったら、僕の親にも知らされてしまうじゃん。どっちみち、僕は家から追い出されるんだ・・・」
と言って湊は泣き続ける。困ったな。でも、湊のこと、僕は父さんにどう説明すればいいのだろう? 僕だってまだ父さんにカミングアウトすらしていないのだ。こんな、学校の友達でもない彼を、どう説明したらいいのだろう?
その時、湊の携帯が鳴った。湊はしかし、電話に出ようとしない。
「どうしたの? 出なくていいの?」
と聞く僕に湊は頷いた。
「親。どうせ、帰って来いってうるさく言われるだけだし」
「でも、ここまま僕んちに置いておくこともできないよ。父さんも帰って来るし」
「絶対に嫌だ。ここにいる」
と湊は、僕の布団をかぶって、出て来ようとしなくなってしまった。僕はどうしようもなく、困り果ててしまった。僕らの間で重苦しい時間が流れた。
「とりあえず、親に連絡だけはしよ。捜索願出されたら、大変なことになるから」
僕はその沈黙を破って湊に促した。
「捜索願って?」
湊が布団の中から尋ねた。
「湊が失踪したから探してくれって警察に頼むこと。どっちみち、湊は警察の厄介になることになるんだ。バカなこと考えるのはやめよ」
湊はごそごそ布団の中から起き出してくると、
「わかったよ。親に電話しとく」
と、湊は今度は素直に電話をかけた。
「もしもし、うん。湊。・・・ううん、なんでもない。うん。・・・うん。今日は友達んちに泊まるから。・・・違うよ。・・・うん。・・・うん。わかった。じゃあね」
え? 今、友達んちに泊まるって言ったよね?
「電話しといたよ。今日は一郎んちに泊まる」
湊はそう言って、僕に後ろから抱き着いた。
「おいおい。僕、泊める、なんて一言も言ってないんだけど」
慌てる僕に、湊は
「えー? じゃあ、僕は外で寝ろっていうの? 寒くて風邪引いちゃったら、一郎、責任取ってよ?」
なんて騒ぎ出す。いや、こんなまだ暑い時期に風邪なんて引かないだろ。しかし、湊は僕にすがって懇願した。
「一晩だけだもん。学校の友達ってことにしといてよ。どうせ、一郎の父ちゃんだって、一郎の学校の全校生徒のこと知ってるわけじゃないでしょ?」
「そりゃそうだけどさ・・・」
もう外はだいぶ暗くなっている。もう、湊が帰る電車の終電も行ってしまっている頃だ。
「仕方ないな。じゃあ、いいよ。ただし、一晩だけだからね」
僕は根負けした。
「やったぁ! 一郎大好き!」
湊は僕に抱き着く。
「いい、湊? 僕は湊が僕んちに泊まっても、湊のセフレになる気はないからね? 布団も別に敷いて寝るから、とりあえず、今日寝る場所をあげるだけだからね?」
僕は念入りに湊に言って聞かせた。
「はーい!」
湊はベッドの上でポンポン飛び跳ねながら返事をした。本当にわかってるのかな・・・。
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