第17話 ゲイなのも悪くない

 僕はそれから皆とすっかり打ち解け、BBQでは料理部としての腕を振るった。皆でわいわいコテージのお風呂に入り、夜は花火やキャンプファイヤーで盛り上がる。


 僕はキャンプファイヤーを眺めながら、少し皆の喧噪から離れ、水飲み場で乾いた喉を潤していた。


「いーちろっ」


そんな風に僕を翔が呼ぶ声に振り返ると、翔が後ろに立っていた。


「翔!」


僕らはそっと抱き合った。




 僕らは並んで近くのベンチに座った。


「朝はあんなに嫌がっていたのに、お前、随分、楽しそうだったな」


「あれは、いろいろあってね」


僕は頬を赤く染めた。


「ゲイの世界もそんな悪くないかも」


僕はそうつぶやいた。


「え? なんだって?」


「ゲイとして生きるのもいいかもしれないなって思ったんだ」


翔はうん、と頷いた。


「俺もそう思う」


「あれ? 翔はゲイだから、このキャンプに参加しようって決めたんでしょ?」


翔は少し照れ臭そうに笑った。


「いや、実は俺も心の底では、ゲイの自分ってイヤだな。できれば普通の男として生きていきたいなって気持ちがあったんだ。俺は俺の生きる道を見つけたかった。だから、このキャンプに応募した。いろんな俺たちと同じゲイがどうやって生きているのか、知りたかったんだ。


 でも、結局、皆、答えなんてもってない。みんないろいろ悩んでいるし、そもそもここまで自分のことで悩んでないやつまでいる。答えは一つじゃない。でも、ゲイとして生きるのも楽しそうだなって、俺も思った。


 一郎も、こんな俺に付き合ってくれてありがとうな。これからもずっとよろしく」


「うん!」


僕はうれしくなって翔に飛びついた。僕らは固く抱き合って、熱いキスを交わした。


 と、その時、


「あー、二人だけでずるい!」


とひょっこり湊が顔を出すので、僕らは腰を抜かしてベンチから転げ落ち、頓狂な叫び声を上げた。


「ねぇねぇ、みんな! こんなところで怪しいことしてる二人がいるよ!」


湊が皆を大声で呼んだ。


「湊、だめだって」


僕が慌てて止めようとするも、周りからキャンプの参加者たちが一斉に集まって来た。


「この二人、付き合ってるんだって!」


湊がそう叫ぶと、


「ヒューヒュー」


「熱いねー」


「お似合いだよ!」


などと参加者たちから口々に声が上がる。


 そして、「おめでとう」と誰かが叫ぶと、皆が口々に「おめでとう」と口にし、拍手が起こる。僕は恥ずかしいやらうれしいやらで翔と苦笑いしながらも、手を取り合った。


「もう一度チュー見たいな!」


そんな声が上がる。皆から一斉に「キースッ! キースッ!」と、コールが起こる。


「もうやらないって!」


と、翔が制止しようとするが、僕らのキスを求めるコールはより大きくなる。


「もう、仕方ないなぁ」


と言うなり、翔は僕の唇をもう一度奪った。皆からの歓声が再び上がる。


 僕はこんな感覚を初めて味わった。今までずっと周囲に隠してきた僕の同性愛。でも、ここでは皆に翔という彼氏をもったことを祝してもらえる。僕は恥ずかしさに頬を赤く染めつつも、ひたすら幸せを感じるのだった。




 夜、僕と嶺さんは先にテントに戻った。翔はキャンプファイヤーの片づけの係を頼まれていたのと、湊は何の理由もなくテントには戻って来なかった。自由奔放のあいつのことだから、どこかで遊んでいるのだろう。


 そこで、二人でテントの中で寝袋にくるまりながらしばらく語らった。


 嶺さんがおもむろに話し出した。


「俺はさ、今までずっと自分のことが嫌いだった。男を好きでいる俺ってなんなんだろうって思って。クラスでも部活でも、友達に彼女ができた、とかあちこちで聞いて焦ってた。俺も一人前に恋愛しないと、一人前の男になれない気がして。


 実は、俺には今、彼女がいるんだ。でも、正直、本当に好きなのかはわからない。俺、ただってものがほしかっただけなんだ。こんな気持ちで彼女と付き合い続けていることにだんだん罪悪感が出て来てさ。ずっと苦しかった。


 でも、一郎と翔のこと今日見ていて、俺やっぱり決めたわ。俺、彼氏を作りたい。俺がほしいのは、彼女じゃなくて彼氏なんだって、今日、はっきりした。俺、覚悟を決めるよ。俺も幸せになりたい。一郎と翔みたいに、本当に好きになれる相手を探したいんだ」


「ありがとう、嶺さん」


僕は照れ臭かった。僕と翔の関係をそんな風に肯定的に見てくれる人なんて、初めてだったからだ。


「その、嶺さんって呼び方、やめてくれないかな。ちょっと変な感じがする。嶺、でいいよ。後、俺と話すときはため口でいいから」


嶺にそう求められたが、さすがに呼び捨てはできないと思ったので、「嶺くん」と呼ぶことにした。


「また、こんな感じでみんなで集まりたいな」


嶺くんがぼそっとつぶやいた。


「うん。そうだね」


僕らは笑い合った。そこに翔が合流する。


「二人とも寝るの早いな。俺、一郎の隣!」


と、翔が僕の隣で寝袋に入る。


「本当、お前ら仲いいな」


嶺くんが苦笑する。


「言っておくけど、今夜は普通に寝てくれよ?」


「え、どういうこと?」


「こういうことだろ」


嶺くんの言わんとすることを理解できない僕に、翔は唇を奪い、股間に手を伸ばして僕の陰茎を握った。「翔、だめだよ。あっ・・・」思わず、僕の声が漏れる。


「だから、そういうことをやめろって言ってんだ!」


嶺くんが翔の頭をはたく。僕は恥ずかしくなって寝袋の中に頭まですっぽり入った。翔と嶺くんは笑い合った。


「そういえば、湊、遅いな。何してるんだ?」


嶺くんが自分の腕時計を見ながら言った。確かに、なかなか湊だけテントに戻って来ない。


「先に寝ちゃおうぜ」


どうも、翔は宿敵湊に冷たいな。でも、いくら待っても、湊は戻って来ない。僕は湊の帰りを待っているうちに、いつの間にか寝落ちしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る