第16話 新たな仲間
僕と嶺さんは木陰に腰を掛けた。
僕は話したいと言ったものの、どう切り出していいのかわからず、ずっと黙ったままだった。嶺さんはしばらく僕を待っていたが、あまりにも僕が何も言わないので「話って何かな?」と僕に尋ねた。
僕は勇気を振り絞って切り出した。
「嶺さんって、その・・・ゲイ、なんですか?」
唐突な僕のそんな質問に嶺さんはポカンと僕を見ていたが、しばらく考えた後、こう答えた。
「俺もよくわかんね。きっとそうなんだろうな。でも、深く考えたことないや。一郎は?」
「僕は・・・。僕もよくわからないんです。僕、自分のことゲイって認めたくなくて。そうなのかもしれないけど、そんな自分を認めるのが怖いんです」
そんな僕に、嶺さんは頷いた。
「俺も同じだな。俺も俺自身のことよく知ろうとしてこなかった。知りたくなかったっていうのかな」
そんな嶺さんに僕はもう一歩踏み込んだ質問をしてみた。
「じゃあ、なんで嶺さんはこのキャンプに参加することにしたんですか? だって、これゲイやバイって人たちのためのキャンプですよね?」
嶺さんはちょっと困った顔をした。
「なんでって聞かれてもな・・・」
嶺さんはしばらく空を見上げ、「そうだな」と言って考えていた。
「俺はずっと同級生の男友達のことを好きだったからかな。でも、だからって俺は自分がゲイだとかバイだとか考えたこともなかった。俺は男が好きなのか、そうじゃないのか、考えたくもなかったんだよ。だけど、自分は何者なのか、一度確かめてみたかったんだ」
そうなんだ。嶺さんも自分がゲイであることを認められてないんだな。僕だけじゃないんだ。
「そういう一郎はどうなんだ?」
嶺さんに同じ質問をされて、僕は恥ずかしかったけれど、ここでは正直に自分のことを話すことにした。
「僕には今、付き合ってる彼氏がいるんです」
「えー⁉」
嶺さんは驚いて大声を上げた。それを聞いたのか、翔と湊が僕らの所に歩いて来た。
「お前らどうしたんだ?」
と、翔。
「俺たちのこと、話していたんだ」
「お前らのこと?」
と尋ねる翔に嶺さんは頷いた。
「なぜ、俺たちがこのキャンプに参加したのかって話を」
そして、嶺さんは自分の話をもう一度始めた。
「へぇ。面白いな。俺も参加したい」
「僕も参加する!」
翔と湊で僕らは輪になった。すると、嶺さんは僕を指さした。
「そういや、一郎、彼氏がいるんだって」
「えー? だれだれ? どんな彼氏なの?」
湊は食い気味に身を乗り出してくる。興味津々といった様子だ。
「な、そうだよな?」
嶺に促され、僕は頷いた。僕は恥ずかしくなって、翔の方を見上げた。翔も照れ臭そうに頭をポリポリかいていたが、顔を赤らめながら告白した。
「俺が一郎の彼氏」
嶺と湊は揃って「えー⁉」と声を上げた。もう、恥ずかしいよ・・・。
「じゃあ、僕たちお邪魔虫ってこと? デートの邪魔しちゃったかな?」
湊はそんなこと言いながら随分楽しそうだ。
「あ、いや、そんなことはない、よな?」
翔が僕の方を見る。僕は何度も頷く。
「そんなことないです。絶対ないです」
「そうなの? じゃ、仲良くしようね」
と言いながら、湊が僕にまとわりつく。そんな湊に翔がムッとした表情になるのがわかった。
「それで、どうしてこのキャンプに参加しようと思ったのかって話だけど・・・」
と嶺さん。ああ、そうだ。その話の途中だったんだ。
「僕、翔に誘われてこのキャンプに来たんですけど、僕、本当は僕自身が何なのか、認めるのが怖くて・・・」
「ずっとごねてたもんな。今朝も連れ出すの大変だった。熱がある、なんてすぐわかる仮病使ったりして」
翔やめてよ! 僕は恥ずかしくて真っ赤になった。
「嶺さんと湊はどうなの?」
僕はこれ以上、翔に暴露話をされないないように話を元に引き戻す。
「俺はよくわかんないんだよね。同級生の男以外に興味もったことないし。まだ、恋とか愛とかよくわかってなくて」
嶺さんがそう答えると、湊はちょっと意地悪そうに笑って、
「じゃあ、夜抜くのはどっちでイクの?」
と聞いた。嶺さんが今度は真っ赤になる。
「そんなのわかんねぇよ」
「でも、夜、一人で抜かないの?」
湊の追及は厳しい。
「・・・男だけど・・・」
と、嶺さんは赤くなったまま答える。
「でも、俺はいつもその同級生の男で抜いてるから。他の男とか女とかあまり考えたことないよ」
そんな嶺さんを
「同級生で抜いてるの? 嶺くん大胆!」
とからかう湊。
「うっせぇ!」
嶺さんは顔を赤らめて湊を怒る。
「一郎はどうなの?」
嶺さんは僕に話を振って、湊の尋問から逃げた。え? 僕⁉
「僕は・・・よくわかんないです。でも、翔がいつも・・・」
「そっかぁ。一郎は彼氏いるもんなー。そりゃオカズなんて必要ないか」
湊が無邪気に笑う。
「あのなぁ! 俺はオカズになったつもりも、これからオカズになるつもりもない!」
そんな湊に翔まで赤くなっている。僕はこれ以上僕や翔の夜事情に話が及ぶ前に話題を転換した。
「でも、僕、中学時代にちょっといいなって思った同級生がいて・・・。それも男だったんですけど。
僕、何となく男しか好きになれないような気がして・・・。だから、きっと僕はゲイなのかもしれない。たぶん、そう。けど、そうやって認めてしまうのが嫌なんです」
「俺も同じだ」
嶺さんはそんな僕に納得する。そして、
「翔は?」
と次に翔に話を振る。
「俺は、なんだろうな。単純に楽しそうだと思ったから、かな。一郎と付き合って、何か夏の思い出を作りたかった。で、たまたまこのキャンプを見つけて、ああ、俺もゲイだし、一郎もゲイだし、ちょうどいいやって。ゲイの友達もほしかったし」
おいおい、僕はまだ自分を「ゲイ」なんて自称したことはないぞ!
「夏の思い出かぁ。ロマンチストだね」
湊が翔をからかう。翔はそんな湊を睨みつけた。
「うっせぇ! そういう湊はどうなんだよ?」
ここで、初めて翔から湊に話が振られた。
「僕はゲイだから参加しただけ。こんなのやっているし」
湊は僕らに自分の携帯を見せた。ずらっと男の写真が並んだ画面に、僕はくぎ付けになった。翔も嶺さん興味津々といった様子で見ている。
「これ、何なの?」
「出会い系アプリってやつ。これで、興味のある相手にメッセージ送って会ったりするの」
そんなものがあったのか。僕には全てが新しい世界だった。しかし、よく見ると湊のプロフィールの年齢が十八歳になっている。
「あれ、湊ってもう十八歳なの?」
そう尋ねる僕に、湊は笑い出した。
「そんなわけないじゃん。僕、こう見えてもまだ十五歳だよ。でも、アプリに登録できるのは十八歳からだから、ちょっと年齢サバ読んでるんだ」
そんなことがあるんだ・・・。
「でも、そんなことしていいの?」
僕のそんな質問を湊は笑い飛ばした。
「よくはないかもね! 親に見つかったらやばいし。でも、これでいろんな出会いがあるから楽しいよ」
へぇ。僕は何かわからないけれど感心してしまった。でも、こんなアプリに顔写真を載せて、ゲイの男と出会う勇気は僕にはまだないな・・・。
「でもさ、そんな写真のっけたりして、学校でバレたりしないわけ?」
翔が尋ねると、湊はキャッキャと笑った。
「そんなことあるわけないじゃん。だって登録してる人、全員ゲイとかバイとかの人でしょ? 僕、中一の時からやってるけど、一度もバレたことないよ」
湊のその答えに僕ら三人はびっくりした。
「え、じゃあ、中学生の時からずっと男とヤッてんの?」
嶺さんが聞くと、湊は頷いた。
「僕は今まで三人の男と付き合ったことあるよ。最初の彼氏は僕が中二のとき。相手は高三。二人目は中三のとき。すぐ別れたけど。たまたま部活で合同合宿したときに、相手の学校のやつ、アプリで見つけたんだ。さすがにそれはびっくりしたなぁ。で、三人目は高校入ってすぐ。二十三歳の社会人。この前別れたばかり。あと、アプリでセフレも募集できるしね」
せ、セフレ⁉ 僕ら三人は卒倒しそうになった。どうも、湊は僕らとは違う世界線で生きていそうな感じだ。そう思いつつも、僕はそのアプリで気になることがどんどん出て来る。
「湊のプロフィールにある、ウケ寄りリバってなに?」
湊はその僕の質問に爆笑し始めた。僕、そんなに変なこと聞いたかな?
「本当、一郎ってウブだよね」
湊は笑いながら、僕にその意味を教えてくれた。
「ウケっていうのがセックスするときの女役。つまり、挿れられる方。で、タチっていうのが男役。挿れる側ってこと。で、リバはどっちもいけるってこと。ウケ寄りリバっていうのは、ウケの割合がタチより高いけど、どっちもいけるってやつ」
目から鱗というのはこういうことをいうらしい。
「一郎は、普段どっち?」
湊はまた僕が真っ赤になるようなことを聞いて来る。
「う、ウケです・・・」
皆はそれを聞いてどっと盛り上がる。
「ああ、それっぽいそれっぽい!」
湊が手を叩いて笑う。
「可愛い顔してるもんね。僕も一郎相手だったらタチいけるかも」
湊にそんなことを言われ、僕は顔から火が出そうになった。
「は? なにいってんだ、お前!」
翔はもう湊に殴りかからんばかりだ。
「冗談冗談」
と湊は翔の鉄拳をひょいっと避けながら笑っている。翔はもう悔しさのあまり地団駄を踏んだ。
「じゃあ、翔くんはタチだね」
そんな翔に、湊はいたずらっぽく笑いかけた。
「こいつっ!」
翔は湊をとうとう捕え、頭をぐりぐりする。「イタタタタ!」と湊ははしゃぎながら、小柄で俊敏な身体でするりと翔の腕から逃れた。翔は湊をすっかり宿敵の相手だと定めている。
「嶺くんは?」
湊は探偵か刑事のつもりだろうか。僕ら三人は湊に何もかも引き出されてしまいそうだ。嶺さんもすっかり赤くなっている。
「俺はやったことないからわからないよ」
「じゃあ、どっちをやってみたかったとか、その同級生くんに」
「・・・タチ、かなぁ・・・」
それを聞いて、また皆はワッと盛り上がる。僕もだんだんタガが外れて来て、みんなと一緒に笑い転げた。
何か楽しい。こんな世界も悪くはないかもしれないな。僕は少しずつ「ゲイ」の世界に興味をもち始めた。
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