第15話 帰りたい

 半ば強制的な形ではあるが、翔とゲイイベントに行くことにした。だけど、僕はイベントの当日までぐじぐじ悩んでいた。


 出発の当日、僕を迎えに来た翔に、風邪を引いた振りをしてみた。


「ごめん。僕、今日はちょっと体調悪くて。熱っぽくて行けないみたい」


翔は自分の額を僕の額に当てて、すぐに僕の芝居を見破った。


「全然平熱じゃないか。まだ悩んでたのか。とりあえず、行くぞ。電車に遅れるだろ」


 翔は、僕の腕をつかんで外に飛び出した。


 翔との初めての旅行。本来ならもっと楽しみなはずなのに、僕は帰りたくて仕方なかった。


 翔はリュックの中に詰め込んだお菓子をいちいち僕に勧めてくるのだが、僕はちっとも喉を通らない。緊張のあまり翔の話も聞こえてこない。じっとうつむき、膝の上で丸めた拳を一層強く握りしめ、僕は震えていた。そんな僕の手に、翔はそっと自分の手を添えた。僕は翔の方を見やった。翔は静かに頷いた。僕はそっと翔の肩に自分の頭を預けた。


 キャンプは、駅に全員で集合し、それからマイクロバスで皆そろってキャンプ場に向かうことになっていた。


 僕は降りる駅が近づくにつれ、余計に緊張して身体を硬直させた。このままずっと駅につかなければいいのに。僕のそんな願いも虚しく、電車は駅に到着する。


 翔に引っ張られるままに僕はホームに降り立った。そして、重い足を引きずりながら改札を出た。


 僕は翔の手を引っ張った。


「やっぱり帰ろうよ」


「何言ってんだ。もうここまで来ちゃったんだ。楽しんで帰ろうぜ」


「翔、僕が帰りたいと言ったら、一緒に帰ってくれるって約束したじゃん」


「まだ参加してもないのに帰るなんておかしいだろ」


 僕らが言い合いをしていると、


「キャンプ参加者の方ですか?」


と不意に声をかけられた。見ると、普通の若い男性が穏やかな表情で立っていた。


あれ? 思ったより普通だ。僕は少しだけ気が楽になった。


「はい。俺は赤阪翔で、こっちが因幡一郎です」


翔が答える。


 その男性は名簿にチェックを入れ、「こちらです」と僕らを案内してくれた。


 駅前の広場に十数人の高校生くらいの男の子たちが集まっている。皆、普通の見た目だ。高校のクラスメートたちと変わらない。僕は拍子抜けした。「ゲイ」という二文字だけで、何か特異な存在ばかりではないかと想像していたのだ。僕は翔をつついた。


「この人たち、全員ゲイなの?」


僕は翔に囁いた。翔は半ばあきれ気味に答えた。


「そりゃそうだろ。ゲイイベントなんだから」


 僕は「ゲイの集まり」ということに対する恐れは幾分克服したものの、これだけ多くの初対面である同年代の男の子たちと顔を合わせると、今度は、元来の人見知りな性格が僕を緊張させた。


 僕は他の参加者と結局一言も交わすことができず、翔の後ろに隠れるようにひっついていた。キャンプ場に向かうバスの車内でも、僕は翔のそばでずっと存在感を消すようになるべく目立たないようにしていた。


 しかし、キャンプが始まると、僕もずっと翔のそばにいるわけにはいかない。


 四人一組でチーム分けがなされ、僕と翔は高校二年生の水瀬嶺みなせりょうさん、僕と同じ高校一年生の桐谷湊きりたにみなととともに一チームになった。僕は自己紹介で早々に内気な性格を発揮し、小さな声で「高校一年、因幡一郎です。よろしくお願いします」としか言えなかった。


 翔と嶺さんの高二コンビは上級生らしく僕らの先頭に立って、てきぱきとテントの設営を行う。僕と湊の高一コンビは高二コンビに指示されるがままに動いた。皆は少しずつ打ち解けていくのだが、僕はどうしてもまだ心に迷いがあった。


ここにいる人たちは全員ゲイの人たちなのかな?

男なのに男が好きなのかな?

僕と同じなのかな?


僕はあれこれ考えを巡らせていた。


 テントを設営し、まだ夕飯まで時間があったので、僕らは近くの川で遊ぶことになった。チーム入り乱れて楽しく川遊びを楽しむ中、僕は一人、木陰に座って皆を眺めていた。翔はすっかり他の子と打ち解けて楽しく遊んでいる。翔はすごいな。


 僕はそのまま後ろに倒れ、草むらの上に寝っ転がりながら流れる雲を眺めていた。


「一郎、一人でどうしたんだ? こっちにおいでよ」


不意に声をかけられ、僕が起き上がると、嶺さんが僕のことを探しに来てくれていた。


「なんでもないです」


僕は本当は迎えに来てくれてうれしいくせに、素直になれずにぶっきらぼうに答えた。


「そうか? お前、ずっと一人でいるじゃないか」


「僕が一人でいたいだけですから。放っておいてください!」


「そうか。一人でいたい時もあるよな。無理言って悪かった」


嶺さんはそう言って僕に笑いかけ、また去って行こうとする。


違うんだ。僕はこんな風に嶺さんを追い払いたいわけじゃなくて・・・。


 僕は思わず、嶺の手を握った。嶺は「え?」という表情で僕の方を振り返る。


「ちょっとだけ、僕と話してくれませんか?」


そんな僕に、嶺は静かに頷いた。

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