第三章 受容と仲間

第14話 自分と向き合う怖さ

 夏休みを前にする頃には、すっかり僕も翔も互いの家族から「もう一人の息子」として見られていた。ほぼ毎日のようにどちらかの家に遊びに行っていたからな。僕らは「かけがえのない親友」として、双方の家族に互いを紹介していた。


 僕が翔の家に泊まりに行った時など、翔の母が僕に弁当まで用意してくれていた。逆に、翔が僕の家に泊まる時、僕ら二人の弁当作りは僕の担当だ。


 翔は、僕の料理をいつも好んで食べてくれていたし、僕も翔の食の好みを熟知していた。翔は、大の肉好きで魚は嫌い。野菜も苦手。僕が鶏の唐揚げを弁当に入れた日にはいつも大張り切りだ。まるで、味覚は子どもだ。


 翔は、僕の前で次第に甘えるようになってきた。僕が翔と一緒に勉強していると、つついてきたり抱き着いて来たり忙しい。僕とセックスすることばかり考えている。


 放課後は水泳部、部活後は僕にちょっかい。こんな調子でよく学校の試験でトップクラスを維持しているもんだと感心してしまう。翔からのちょっかいをいなしていると、大きな子どもを一人抱えた母親のような気分になってくる。


 だけど、そんな日常がいとおしい。僕の毎日は充実していた。


 もうすぐ夏休みだ。あと少しで僕は自由の身だ。あと一つ、期末試験さえ乗り切れば。


 春に入学してから、毎月のように全国模試や中間試験など、試験続きだった高校生活もこれを乗り切れば一息つける。思った以上に高校生活はハードだった。僕は学校以外に、家の家事も全般担っているから、毎日が飛ぶように過ぎてゆく。


 僕と翔は期末試験の勉強をお互いの家で一緒にすることにしていた。試験を前にしても、翔は僕といちゃつくことばかり考えている。僕はもう勉強に必死なんだが。翔は地頭もいいし、要領もいいので、学校の勉強などさっさと終えてしまうのだ。


 でも、僕が必死で頑張ったのもむだではない。期末試験で、僕は学年トップ10に入る好成績を上げた。ま、翔は相変わらず学年トップだったけど。

 

 期末試験が終わると、ようやく夏休みが始まった。


 一学期の終業式の夜、僕と翔はささやかな打ち上げを開いた。僕らはジュースで乾杯する。


「夏休み、何しようか? 翔とどこか行きたいな」


ジュースをぐびっと飲み干し、僕がそう言うと、翔は思いついたようにごそごそとカバンの中からあるチラシを取り出した。「高校生のゲイのための友達作りイベント」と書いてある。翔ったらこんなイベントをどこで見つけて来たのだろうか?


「これ、行ってみないか?」


翔は言った。


「俺、ずっと俺や一郎みたいな仲間に会ってみたいと思っていたんだ。俺たちと同じような仲間に会えば、もっと仲いい友達ができる気がする。一郎も興味あるだろ?」


 イベントの内容は全国のゲイの男子高校生たちで集まってキャンプをする、というものらしい。企画は楽しそうだった。でも、僕はどうしてもこのイベントに行くことに抵抗を覚えた。


「ゲイってなに? 僕もゲイってことになるの?」


 僕はこのとき、どうしても自分を「ゲイ」と自称することに抵抗があった。


「当たり前だろ。俺もお前も、こうやって付き合っているのも俺らが二人ともゲイだからだ」


翔は自分のことをゲイと自称することに何の抵抗感もなさそうだった。でも、僕はどうしても自分を「ゲイ」として認めたくなかった。翔と付き合っているにも関わらず、だ。


「僕はゲイじゃないよ。僕、普通の人間だし。そんなの知らない。僕はゲイじゃないからそのイベント行くこともないよ。翔一人で行ってきなよ。僕は留守番してるから」


翔はそんな僕を呆れた目で見た。


「何言ってんだ。一郎は男が好きなんだろ? だから俺とも付き合えてる。ゲイって男が好きな男のことだからな」


 ここまではっきりと、僕が男が好きな男だと言われると、どうも落ち着かない気分になる。自分でもわかっているはずなのに、わかっていなかった。ただ自分に向き合いたくなかった。翔と付き合っているのは、翔が男だからじゃない。翔という個人が好きだからだ。それは半分真実だが、半分真実ではない。もし、翔が女の子だったら、僕は果たして彼と付き合う気持ちになれるだろうか?


 学校でひたすら僕が自分が恐らくゲイであるのを隠して来たのも、自分の居場所を守りたい、ということだけではなかったことに、ここまではっきり僕は気が付いた。


 僕は、皆の普通から外れて生きたくはなかったのだ。男のくせに男しか愛せない自分を認めるのが怖かった。僕の母さんを死なせたのも、僕が男を好きになったからだ。僕はいまだに母さんの死を僕の同性愛のせいにしていた。僕はどこかでまだ自分を責め続けていたのだ。


 黙りこくっている僕をじっと見ていた翔はため息をついて言った。


「そんなにお前自身がお前のことゲイだって認めたくないなら、別に無理に認めろ、とは言わないよ。だけど、このイベントでは俺たちは恋人同士だと堂々と言える。一緒に手もつなげる。友達になったやつに、俺の彼氏だって、一郎を紹介できるんだよ。そんな仲間、ほしいだろ?」


確かに。そういう場所を僕は求めていたのだ。でも・・・。


 どうしても決断できない僕を尻目に、翔は勝手にオンライン応募フォームを埋めて送信してしまった。


「翔、何するんだよ!」


慌てる僕に、


「こうでもしないと、お前、絶対決断できなさそうだし」


と、翔。確かにそうだけどさ・・・。


「もし、馴染めなければ、途中で帰ればいいだろ? お前が帰りたいって言ったら、俺も一緒に帰るから。まずは食わず嫌いしないで行ってみようよ。何か変わるかもしれないし」


途中で帰ってもいいのか。


「本当なんだよね? 帰ってもいいんだよね?」


「うん。一郎がそうしたいならな」


「わかったよ。じゃあ行ってみる。でも、僕、どこまでここに参加できるかわからない。それでもいいよね?」


翔は頷いた。

 

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