第12話 破綻する嘘

 僕は全速力で走った。僕の頭の中をいろんな想いが駆け巡った。


 翔は僕の恋人だ。でも、誰も僕らの関係を知らない。だから、周囲の女子が翔に好意を抱くことがあっても不思議じゃない。実際、翔は世間一般に「イケメン」といわれる容姿をしている。僕だって、水泳教室で翔の姿を見て、一目惚れしたんだから。


 だから、これは普通のことのはずだ。でも、どうしてもそのことが許せない。


 翔は僕だけのものだ。誰にも渡さない。僕より翔のことを好きな人間なんてこの世界にいるはずがない。翔だってこの世で一番、僕のことを理解してくれているんだ。それなのに、何で、僕は翔を奪おうとする女の「恋愛相談」なんかに乗れるだろう? へらへら笑いながら「こうしたらいいですよ」なんて言えるだろう?


 だけど、そうしなければせっかく楽しくなってきたこの高校生活が崩壊してしまう。僕は、再びこの高校でも居場所を失ってしまう。いや、あれだけのことを料理部員全員の前でやらかしたのだ。もう手遅れかもしれない。


 僕は携帯を取り出し、翔に電話を何度もかけた。今すぐに会いたい。声を聞きたい。


 でも、翔は全く電話に出てくれない。


 無理もない。高校入学とともに、翔は、水泳を再開していた。今の時間帯、彼は水泳部で練習しているはずだった。


 ここで、本来であれば、僕は翔の元へ行くのを我慢するべきだったのだろう。でも、僕にそんな余裕はなかった。僕は一目散に翔のいるプールへ走って行った。


 プールサイドのフェンスから中を覗くと、やはり、翔は泳いでいた。僕は、ずっとフェンス越しに翔を目で追っていた。早く部活が終わらないかとイライラする。そんな僕に翔も気付いたようだったが、学校では僕らの仲は極秘という約束だ。チラッと僕を一瞥しただけで泳ぎ続ける翔の姿に、僕は余計に焦燥感を駆り立てた。


 やっと部活が終わると、翔は他の部員と話しながら更衣室から出て来た。部員の一人が僕に気付いた。


「何か俺らに用?」


 そう聞かれて、どう答えていいのかわからずに、僕が口ごもっていると、

 

「そういえば、こいつずっと赤阪のことみていたよ。知り合い?」


そう他の部員が翔に尋ねる。翔は少し動揺していたが、冷静を装って答えた。


「あ、うん。知り合い」


「ふうん。じゃあ、赤阪、また明日な」


と他の部員たちは僕らを残して去って行った。


 翔はいつになく険しい表情で僕を引っ張ってプールの裏の誰も来ないであろう場所に連れて行った。そこで、翔は僕に怒鳴った。


「どういうつもりだ?」


「翔、ごめん。だけど、どうしても翔に話さなくちゃいけないことができたんだ」


 僕は料理部での一部始終を話した。それを聞いた翔はさらに僕を怒った。


「何してんだよ! 俺らの関係は秘密だろ! そんな恋愛相談なんか、適当に返事しとけばいいんだよ。そんなことより、何でお前はそんな俺たちの関係がバレるようなことをしたんだ!」


「そんなこと」って・・・。僕にとってはどうしても「そんなこと」と切り捨てられる問題ではなかった。


「翔は僕だけのものだ。水沢先輩なんかに渡さない。翔、絶対に先輩なんかにいかないよね?」


「は? 何言ってんだ、お前。俺は、お前のそういう軽率なところが頭に来てるんだ。」


 僕たちの空気はどんどん険悪になっていった。


「軽率ってなんだよ。じゃあ、僕は翔が他の女に盗られるのを黙って見てろっていうの?」


「そんなこと言ってないだろ!」


だんだん僕らの言い合う声が大きくなる。


「俺とお前が付き合っていることは絶対に誰にももらすな。俺が言いたいのはそれだけだ!」


と翔が叫んだ時、僕は視線に気が付いた。僕がふと振り返えると、水沢先輩が凍り付いた表情でそこに立っていた。僕ら三人は固まってしばらく動けなかった。ほんの数秒のことだったのだろうが、僕にはその時間が永遠に続くかと思われた。そして、水沢先輩は踵を返して走り去った。僕と翔は呆然とその場に立ち尽くした。


 僕らは無言のまま歩き出した。しばらく歩いていると、翔が重い口を開いた。


「さっきは悪かったよ。俺もちょっと感情的になり過ぎていた」


「僕の方こそごめん。僕がもっと冷静にならなきゃいけなかったんだ」


僕は泣きそうになりながら、消え入りそうな声で謝った。


「これからどうなるんだろう、僕たち・・・」


その僕の問いに翔は答えなかった。

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