第11話 綻び

 母さんの死後、僕は、ずっと家族のために料理を作り続けてきた。朝食も夕食も、学校に持参する弁当まで、全部僕が作っていた。そんな僕の料理の腕は、高校に入学するころにはかなり上がっていた。


 僕は、高校では帰宅部のつもりだったのが、料理部というとても魅力的な部活に魅せられた。新しいレシピが勉強でき、作った料理を持ち帰って夕飯にできるのだ。作る料理の食材は部費で出してもらえるので、食費も浮く。僕は、そんな単純な理由から、料理部への入部を決めた。


 二年生の新藤南美しんどうなみ部長を筆頭に、同じ二年生の水沢咲来みずさわさくら先輩、同じ新入生の男子部員宮上圭太みやがみけいた、そして僕という構成だ。部員が少ないというのも、大人数が苦手な僕にとってはありがたかった。部活の雰囲気はアットホームで、僕は部員たちと簡単に打ち解けることができた。放課後、部活の日を楽しみにする程度には馴染んでいた。


 僕は、人生で最高に学校生活が楽しくなってきていた。クラスにも友達がいて、部活でも僕には居場所ができつつあった。楽しいな。僕はふと思った。学校が楽しい。こんな感覚は初めてだった。


 そんなある日の放課後、僕はいつものように料理部の部室に向かった。すると、中から部員たちのいつになく楽しそうな笑い声が聞こえて来る。何か楽しいことあったのかな?


 僕が部室のドアを開けて中に入ると、僕以外の部員は三人とも先に集まっていて、みんなでいつになく盛り上がっている。


「あ、因幡君、おつかれさま!」


と新藤部長。


「おつかれさまです。みんなで、何を話してたんですか?」


そんなきょとんとした僕を見て、また部員たちは笑い出した。


「さくちゃん、因幡君に、そんな相談するの?」


新藤部長が笑いながら水沢先輩をからかう。水沢先輩に何かあったんだろうか?


「もうちょっと、南美、やめてよ」


水沢先輩が耳まで真っ赤になっている。


「あのね、さくちゃんったら好きな人ができたんだって」


「もう、やめてよ!」


水沢先輩は顔を真っ赤にしながらも楽しそうだ。


 まずい展開になったな。僕は内心そう思った。恋愛の話は僕は極力避けて、僕と翔との関係を悟られないように、僕がゲイであることがバレないように、細心の注意を払って来たことは先述の通りだ。


「ほら、因幡くん、困ってるでしょ」


と水沢先輩。


「あ、でも、因幡も好きな女子、いるんだよな?」


 宮上、その話、なんでここで出すんだよ! ていうか、僕とは違うクラスの宮上が知っているほど、僕が笹原さんが好きだという話は学年中に広まっているのか。もう、あまり笹原さんの話も出せないな・・・。


 僕のような地味系男子でも、どの男子がどの女子のことが好きだ、なんて噂は秒でクラスを超えて広がるらしい。もし、僕が翔と付き合っていることがバレたら、と考えると恐ろしくなる。


 僕は焦り始めた。早くこの話題から逃げ出したい。でも、大盛り上がりする部員たちは、僕の焦りなどまるで関係なく、さらにわぁっと盛り上がる。


「えー⁉ 意外! 因幡くんってあまり女の子の話しないから、興味ないのかと思ってた」


という新藤部長に、僕の表情が一瞬凍り付く。


「そんなこと、ないですよ! 僕だって、好きな女の子くらい、いますから」


僕は引きつった愛想笑いをしながら、なるべく明るく返事をした。


「笹原って子だったよな、確か」


「あ、うん。そう・・・」


僕の愛想笑いもそろそろ限界がきそうだ。


「へぇ。因幡くんみたいな純粋系男子でも、ちゃんと女の子に興味あるんだぁ」


「南美、それ、ちょっと因幡くんに失礼だよ」


「あ、ごめんごめん」


「まぁ、ホモなんていないですからね、普通は。因幡がホモだったら、俺絶対引くわ」


という宮上に僕は耳を塞ぎたくなった。


「因幡、ホモに会ったことある?」


「え、ええっと」


「え、あるの⁉」


「そ、そんなのないよ。気持ち、悪い、よね・・・」


「だよなぁ。俺、絶対ホモとか無理だわ。きもいきもい」


 僕はもう泣きそうだった。


「あ、で、先輩の好きな人って誰なんすか?」


 宮上はまた先輩たちに話を振る。僕はこのすきに、この場を逃れようと立とうとした。しかし、次の瞬間、僕は固まって動けなくなってしまった。


「あー、えっとね。うちらの学年に赤阪くんってすごいイケメンな男の子がいるんだけど、さくちゃん、その子のことずっと好きだったんだよね」


あ、赤阪って・・・。


「もう、南美、何で言うのよ!」


「ここまで言っちゃったんだし、いいじゃん。別にここに赤阪くんがいるわけじゃないんだし」


「まぁそうだけどさ」


「で、先輩、いつ告るんですか?」


「ちょっと、宮上くんやだー! そんなの言えるわけないじゃない!」


「でも、さくちゃん、ちゃんと言わないと伝わらないよ?」


「そりゃそうだけどさ」


「ねぇ、因幡くんもそう思うよね? ちゃんと告白はした方がいいよね?」


 水沢先輩が翔に告白? なんで。なんで翔に告白なんかするんだ。なんで僕が、僕の翔を奪おうとする水沢先輩に告白しろ、なんて、そんなこと言わなきゃならないんだ。そんなのないよ、新藤部長・・・。


「・・・わかりません・・・」


僕はそう答えるのが精いっぱいだった。


「えぇ? 何でわからないんだよ。そこは、告白しましょうって背中押すところだろ?」


「宮上くん、だから、告白はいいって」


「あ、もしかして、さくちゃん、告白するのが怖いんでしょ?」


「そりゃ、振られたらショックだし?」


「じゃあ、わたしたちでいい告白のせりふ、考えてあげよっか」


「ええ? いいってば」


「ねぇねぇ、因幡くんはどう思う? どんな告白したら赤阪くん、さくちゃんにオーケーくれると思う?」


 僕は、とうとうそこで我慢していた感情が爆発してしまった。


「絶対に嫌だ! 告白したってうまくいくわけない。そんなの僕、知らない!」


 僕はそう叫んで、はっと我に返った。部室はシーンと静まり返った。我に返った僕はしまったと思ったが、もう後の祭りだ。


「すみません。なんでもないです」


 僕はやっとのことでそれだけ口にすると、逃げるように部室を飛び出した。

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