第二章 虚構と真実

第9話 「禁断」の関係

 僕は翔と付き合い出してから、気持ちにだいぶ変化があった。母さんの死を完全に乗り越えられたわけではないけど、翔という強い味方ができたことで、気持ちはだいぶ前向きになっていた。


 学校では相変わらず友達なんていなかった。けど、いじめられることがなくなっただけでも、心に余裕が出てきたのだ。ただ、授業中に静かに座っていればいいだけだ。それに、学校が終われば翔に会いに行ける。僕は、もう独りじゃない。


 翔も僕と同様、僕と会うことを楽しみに、今までの無気力な日々を改めた。


 僕らは二人で、同じ高校に進学しようと約束し合った。僕らは互いの家を行き来しながら、一緒に勉強するようになった。その年の三月には、翔は志望校に合格し、僕は翌年、翔に続いた。僕らは、晴れて高校生になった。

 

 高校の合格通知を手にしてから、僕は翔と二人で高校で着用する新しい制服を買いに行った。僕らは半分デート気分だった。受験を終えるまで、僕は翔と外でデートするのを控えて来た。久しぶりの翔との外出だ。僕は受験が終わった解放感に浸りながら、僕は翔との買い物を楽しんだ。


 ところが、そんな楽しい気分をひっくり返すような出来事が、その制服を買うために訪れた店で起こったのだ。制服を購入し、会計を済ませたところ、レジのおばさんに、


「きみたち、仲がいいのね。お友達?」


と聞かれた。僕らの間に緊張感が走った。もしかして、僕らの関係がおばさんにバレたのではないか。僕は血の気が引いていく感覚を味わい、言葉に窮してしまった。翔がそんな僕をフォローしてくれる。


「あ、はい。友達です」


でも、僕をフォローする翔の返事をする声も、少し上ずっていた。僕らの間に微妙な空気が漂う。おばさんは怪訝そうに僕らを見ながら、「あら? 何か変なこと聞いちゃったかしら?」と言いつつ、僕に釣銭を渡した。


 僕らはそそくさとその店を後にした。


「一郎、あれはまずいだろ。絶対怪しまれたって」


「ごめん。急にあんなこと言われて焦っちゃって」


「いいか。絶対、俺らは外に出たらただの友達だからな」


「・・・うん」


 僕らは、付き合った当初からずっとこのように約束していたのだ。絶対に外で僕らが恋人関係だと気付かれないようにする。人前で手をつなぐこともしないし、必要以上に密着することもしない。僕も翔も、もし僕たちの関係がバレたらどうなるか、という危険性は中学時代に嫌というほど思い知っていたのだ。


 店を出てから、さっきまでの楽しい雰囲気は一転、僕らは悶々としながら街を歩いた。辺りを見回すと、今日は日曜日だけあって人通りがいつもに増して多い。若いカップルたちが手を繋ぎながら商店街を闊歩し、路上でキスまで始める男女もいる。僕はそんなカップルたちを見ていると、やっぱり翔と手を繋いで歩きたくなった。でも、そんなことをする勇気は、僕にはなかった。


 僕らは付き合っているとしても、僕らの仲は永遠に秘密だ。僕と翔はお互いの家に泊まったり、一緒にご飯を食べたりしていた。もう両方の家族に公認の仲だった。だけど、僕らは「仲のいい親友」の設定になっていた。

 

 もし、僕らの関係がバレたりでもすれば、僕は父さんにも見放されるかもしれない。そうなったら、もう、僕は住む家も頼れる人もいない。翔も同様に、家族にバレたら、家にいられなくなるかもしれない。そうなれば、僕ら二人だけで生活していかなくてはならなくなる。高校も卒業していないのに。そこまでの危険を冒すことは、僕も翔もできなかった。


 僕らの関係を知っているのは、この地球上で僕ら自身だけなのだ。「禁断の恋」なんていったらロマンチックに聞こえるかもしれない。でも、現実はそんな素敵なもんじゃない。


 僕にはささやかな夢があった。通学する電車の中でこっそり翔と手を繋いでみたかった。休み時間になれば、翔の教室に遊びに行き、昼休みになれば、弁当を一緒に食べたかった。だけど、それは叶わぬ夢だった。これからの高校生活も、僕らは同じ学校に進学できたにも関わらず、学校では距離を置かなくてはならないからだ。


 僕は言い様のない圧迫感を感じないわけにいかなかった。結局、僕は好きな翔と恋人になれただけで、社会のアウトサイダーとして日陰で生きていかなければならない人生が変わったわけではないのだ。


 僕は、これから新天地で、今までとは違う未来が始まるのだと漠然と期待していた。でも、よくよく現実を見てみれば、そんなに甘いものではないことに気が付いた。そんなことを考えれば考えるほど、僕の心はずっしり重くなるのだった。

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