第3話 暗闇

 しかし、地獄はこれだけにはとどまらなかった。


 廉也が友達ではなかったとわかった翌日から、僕は学校で孤立無援だった。もう味方は誰もいない。


 それだけではない。廉也を中心としたグループから、僕は熾烈な虐めを受けたのだ。気持ち悪いと罵られ、オカマと笑われ、僕が触れたものは汚いと避けられた。


 その内、僕が「気持ち悪い変態のオカマ」という噂がクラスだけでなく、全校生徒の間に広まっていった。男子生徒だけでなく、女子生徒にも笑われ、気持ち悪がられた。


 バスケ部の先輩も例外ではなかった。


「因幡の真似をしようぜ」


ある先輩がそんなことを言い出した。すると、他の先輩が「いやーん」とオネエタレントのモノマネをし、一同で爆笑した。


「お前もやれよ」


と脅され、殴られるのが怖かった僕は羞恥心を押し殺しながらモノマネをやってみせた。その姿をまたその場にいた全員で笑いものにする。僕はテレビに映るオネエタレントを心底恨んだ。


 いじめは次第に激化し、言葉だけではなく、物理的な攻撃も加わっていった。


 歯ブラシにたっぷり石鹸を塗りたくられ、歯磨き粉をつけてやったと無理矢理口に放り込まれた。これ以上いじめられるのが怖かった僕は、石鹸だとわかっているくせに「ありがとう」なんて礼を述べ、石鹸で歯を磨いてみせた。そんな必死な様子の僕を見て彼らは大喜びした。


 教師の目を盗んで殴られることなど日常茶飯事だった。


 プロレスごっこと称して首を絞められた時、僕は死の恐怖を覚えた。


 掃除の時間には水をかけられ、ずぶ濡れで立ち尽くす僕は、「掃除の時間に何を水遊びしているんだ」と教師に怒鳴られた。そんな僕の姿を皆は嘲笑うのだった。


 僕はそれでも、これ以上いじめられまいと、必死にいじめっ子たちに愛想を振りまいた。しかし、それがまたいじめを誘発していく。僕は完全に負のスパイラルに陥っていた。






 しかし、僕はどんなにひどいいじめを受けても、教師にも親にも相談することはできなかった。


 僕がいじめられていることに薄々勘付いていた担任教師は、二者面談の時、こう言い放った。


「因幡、お前、男のくせに男が好きだとか、ホモじゃないか。そんな頭のおかしいことをしているから、皆の輪の中に入れないんだ」


担任教師はいじめっ子を止めるどころか、彼らに加担し、いじめられるのは僕が悪いと責めたのだ。それに、この人ですら、男のくせに男が好きになる僕を気持ちの悪い存在だと見ていたことがはっきりした。僕は、担任教師を避けるようになった。


 僕は、親にもいじめられていることがバレるわけにはいかなかった。


 僕が親にいじめを相談することは、すなわち、僕が男が好きな男であることをカミングアウトすることを意味していた。両親が、そんなことを知れば、どんなにショックを受けるだろう。僕は、両親を悲しませるくらいなら、黙っていじめられていた方がよかった。特に母っ子だった僕は、大好きな母さんが悲しむ姿を見るのは何よりもつらかったのだ。


 僕は家族にいじめを悟られまいと、放課後、濡れた制服を乾かすために一人で公園で日が暮れるまで過ごした。教科書に落書きされれば必死で消しゴムで消し、上履きを捨てられた時は、おっちょこちょいで上履きをなくしたのだと母さんに笑ってみせた。プロレスごっこを仕掛けられて激しく転倒し、身体のあちこちにあざを創った時も、階段で足を滑らせたせいだ、と嘘をついた。


 でも、母さんはそんな僕の様子を不審に思い、何かあったのではないかとしつこく僕を問い詰めた。最初、僕は「何もないよ」と笑ってみせた。しかし、なおもしつこく僕を問い詰める母さんに、心の余裕をなくしていた僕は思わず声を荒げた。


「うるせぇよ! なんでもないって言ってんだろ! もう放っといてよ!」


 母さんはそれ以上、僕を問い詰めることはしなかった。しかし、母さんはその時、今まで見たことのないような悲しそうな表情を見せた。その母さんの顔に僕は内心動揺したが、その動揺している事実さえ、誰にも伝えることもなく、自分の心の中に仕舞い込むしかなかった。


 結局、母さんを悲しませたくない、と思いながら、僕は母さんを悲しませた。僕は、そんな母さんを傷つける自分自身を責めた。


 もう、僕にとって僕自身すら味方ではなかった。


僕は気持ち悪い変態なんだ。

こんな気持ちの悪い人間だからいじめられるんだ。


僕は自分を責め続けた。

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