第10話 レイン七変化




 レイン達は孤児院へ戻ると仕事の完了報告をするために真っ先に庭へ向かった。


「ムーラン様、代金を預かってきました」


麻袋に入ったルーンをレインが丁寧に手渡す。

その光景を後ろで見ていたアニーは、レインの表情に注目していた。


ここ最近、レインの様子がおかしいのだ。

ムーラン絡みだと特に過剰な反応をする彼女を気に掛けていた。


「ありがとう。はい、これはお小遣いだよ」


一仕事につき、千ルーンのお小遣い。

ピーマン一つが三十ルーンなので約三十個分だ。

アニーが今狙っている髪飾りは、四万ルーン近いのでまだまだ先は長い。


 それはさておき、お小遣いを貰ったレインの目はキラキラと輝いていた。

十八にもなって、たった千ルーンで見せていい目ではない。

ずっとこの調子なら問題ないのだが、訓練では子供達にキツく当たったり、

その後アニーの部屋へ訪れて弱音を吐いたりと、とにかく情緒不安定なのだ。


レインはお小遣いを仕舞いに部屋へと戻る途中、急に立ち止まり振り返った。


「アニー、ケイン。すこしお金を貸してくれない?」


今度は金をせびる始末である。


「いくら?」


「ちょっとケイン。理由くらい聞きなよ!」


ケインは彼女に弱いのでアニーがしっかりしなくてはならない。アニーの気分的には自分がこの孤児院で唯一まともなしっかり者であった。


「二万ルーン程」


「二万も!?」


それはアニー達にとって大金である。

しかし、彼女が町でお金を使っているところは見たことがない。


「何かほしいものでもあるの?」


「魔導具なんだけど、棒状の魔導具で非常に軽く頑丈なの。さらに、魔導回路は最新の増幅タイプで力の弱い私でも十分な威力が期待できるのよ」


レインが魔導具の話をしだすと饒舌になるのは昔からだ。


「いくらするんだよ。それ」


「値引いてもらって五十四万ルーン」


二万ルーンずつ借りるとして、すでに五十万ルーン貯めていることになる。

しかし、今までのお手伝いで貰ったルーンの総額は多くても十万ルーン程であった。


「い、いくらなんでも高すぎない? それにどこにそんなルーンが......」


「ムーラン様に別件で頂いたルーンがあるから」


彼女は最年長ということもあって、ムーランから特別な頼み事をされることがしばしばあった。そのため彼女は一人で動くことが多い。


「うー......別にいいけど、でも後でちゃんと返してよね! 私だってほしい髪飾りがあるんだから!」


「わかってる」


渋々お金を取りに行き、レインの部屋の前に戻ってくると、扉が少し開いた。覗くつもりはなかったのだが中の様子が見えてしまったのは偶然である。


「いひひっ、やはり連合国の魔導具は質が違う......」


魔導具のようなモノをニヤニヤと弄るレイン。

皆の前では普通に笑うのだが彼女は一人になると、まるでムーランのように笑うようになっていた。アニーが初めて気づいた時はかなり動揺したものだ。



 そしてレインがおかしくなった最大のポイントは、なんと言ってもムーランに対する対応だろうか。昔はなるべく避けていたはずなのに、今では何かと傍に居たがるようになった。


アニー達もムーランの気味悪さに慣れてきてはいるが、近くに居たいとは思わない。


もしかしたら院長様にイケない事をされているのかもしれない。

特別な仕事とはなのでは?


それがアニーの行きついた答えであった。

レインは成長して美しくなったし、少女から大人へと変わりゆく時期だ。


「レインさん、もしかして......その......院長様と何かあった?」


そんな妄想をしてしまっては居ても立っても居られなくなりアニーは、ある日の昼下がり恐る恐るレインを問い詰めることにした。


「?」


彼女は不思議そうに首をかしげる


「ほら、最近よく院長様の所に行くし、嬉しそうだったり、辛そうだったり、怒ってる時もあるしさっ!」


「それは普通のことですよ?」


たしかに普通のことなのだ。

喜怒哀楽は人間に必要不可欠だが、それでも以前の彼女とはまるで違って見えてしまう。


アニーは思いを上手く伝えられずに俯いた。


「普通なんだけどさ、ちょっと変っていうか。ほんとに何もないの?」


「ふふ、何もないわよ。それよりアニーは最近、子供達に虐められてるって聞いたけど?」


正確にはからかわれているのだ。


「い、虐められてなんかいません! もうっ誰ですか? そんなこと言ったの」


「ムーラン様よ。ムーラン様はいつも貴女達のことを気にかけてるの。それで私が色々と説明しているってわけ」


レインは腕章を触りながら言った。

彼女は気持ちの変化がある度に腕章を触る癖がある。

その癖にアニーが気が付いたのはかなり前の話だ。


だから、彼女の言葉が嘘であると悟った。きっと、何か辛いことを隠しているに違いない。


「そっか。ならいいんだけど......」


それでも、それ以上問い詰めることは出来なかった。


もう何年も一緒にいるというのに、アニーには本当の彼女がわからない。


打ち解けたように話すレイン

泣きそうに弱音を吐くレイン

激情のままに力を振るうレイン

院長を慕い寄り添うレイン


一体どれが本当のレインなのだろうか。

アニーは寂しい気持ちを胸に仕舞い込み、今日も子供達と訓練に励むのであった。



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