第二章

第9話 四年は意外に長くて短い




 世間が平和であると4年という月日は長く感じるものである。

連合国が大人しくなりつつあり、王国の緊張感は徐々に薄れていた。

真っ白にコーティングされた王城が、魔導回路により綺麗にライトアップされる。

現在、聖都ルチモニアは雪祭りの真っ最中であった。


どれだけ世間が祭りムードであれば、ムーラオ家の者としては繁忙期である。

昔から聖都のほとんどの店に多種多様な商品を卸しているため、貴族として踏ん反り返る暇もなく仕事三昧の日々を送っていた。

かくいうムーランも卸業者としてランバートから仕入れた米を売る日々を送るはめになっていた。


本来なら当主か次期当主が商品の管理をしなければならないのだが、今回ムーランがそのうちの米を担当することになったのには理由がある。

次期当主であるムーザスがポンコツだから、だけではなく、米を独占して栽培しているランバートと唯一良好な関係を築いているからだ。


「こっちは良いダイコンを仕入れる八百屋に卸す、これはその向かいにある食材店に卸す米だよ」


ムーランは少し前から子供達に自分の仕事を手伝わせていた。社会経験を積ませるためと言えば聞こえはいいが、単に猫の手も借りたいほど忙しかったからだ。


荷台に積もった雪を払い落し米俵を積み込む。振り返ると卸先が書かれた魔導板を睨みつけている子供達に笑みがこぼれる。


 年長組であったレイン、アニー、ケインはこの4年で随分と大きくなった。

銀髪を長く伸ばしたレインは貴族の令嬢だと言われても不思議ではない。


「どうして値段は同じなのに、八百屋の方が量が多いのですか?」


レインがメモを片手に質問を投げかける。


そこには会話の度にビクビクしていた彼女はもういなかった。彼女がムーランを恐れていたのはすでに過去の話だ。


「にひひ、それは八百屋のダイコンが旨いからだよ」


「美味しいですよね!」


ムーランは根っからの貴族だ。自分の勝手で贔屓するし差別をする。これは王国貴族として当然のことであった。



 孤児院の庭にある蔵には米俵がギッシリと詰まっている。この聖都に入ってくる米はランバートの計らいで、すべてがムーランの元に集まる。


ツモーラが栽培を独占し、ムーラオが販売を独占する。

これが悪しき貴族の象徴であり、誇りでもあるのだ。


「では、行ってまいります」


レインはここ最近、院長代理と名乗ってもおかしくないほどの働きをしてくれていた。子供達をまとめ、ムーランの商売を率先して手伝い、孤児院の帳簿すら管理してくれている。ムーランはそれが妙に嬉しくて、レインに頼りっぱなしであった。


台車いっぱいに積み込まれた米俵と共に孤児院を出発して行くレイン達。

雪の上に残った車輪の後を眺めていると、一転して寂しさを感じてしまうのだから不思議なものだ。


子供はすぐに大きくなり、親を必要としなくなっていく。

妹マーゼルとの遊ぶ時間が減っていった時にも感じた寂しさだった。


だが、今回は違う。ムーランは気持ちを切り替えると、まだ孤児院にいる他の子供達の元へ向かっていくのだった。



 たとえレイン達が大きくなり、ここを離れてしまってもムーランにはまだ心の支えが残っている。

当時十歳にもなっていなかった子供達もそれなりに大きくなったが、まだまだ甘えたい盛りの子供だ。


さらには、どこからか孤児院の噂を聞きつけて、子供を捨てていく者がいるため、勝手に増えていく子供達をムーランは笑顔で迎え入れていた。


そんな彼らの世話を率先して担当してくれているのはアレンだ。

泣き虫だったアレンは、すこしニヒルな顔をする子供になってしまった。

これもまた喜ばしい成長である。


「いいか? 魔導具っていうのは力任せに魔力を送っても応えてくれない。魔導具には魔導具なりのリズムがあるんだ。それに合わせるように魔力を送る。やってみろ」


イカつい短銃がアレンの手の中で光を放つ。俗にいう魔導銃だ。

そんなアレンに続くように子供達も小さな短銃を手に唸り始めた。

彼らはホントに十二歳なのだろうか。まるで配属初日の訓練兵を見ている気分である。


ムーランは不安に思いながらも随分と増えた子供達が、それぞれ魔導具を持ちあーでもないこーでもないと試行錯誤する異様な光景にため息をついた。

子供たちが持つ魔道具はレインが珍しくおねだりするものだがら、嬉しくなって好きなだけ買ってやった物だ。決して高い買い物ではなかったが、それはムーランが大貴族ゆえである。


それにしても、まさかこんなことになるとは微塵も思ってもいなかった。

これが遊びだとは到底思えないが、魔力のない彼にはよく分からないのでそっとしているのだ。


魔力のない子供がいないことに寂しさを覚えながらも、彼は今日も笑顔を忘れず子供達を見守るのだった。




§




 台車を引きながらレインは大事な腕章を撫でた。


「レインさん、そんなに触ってたらすり減ってなくなっちゃうよ?」


「ムーラン様が特注で作ったのよ? そんなに柔いやわいわけないじゃない」


はぁぁっとため息をつくアニーは、ケインと肩をすくめた。


レインにとってこの腕章は、ムーランからの信頼の証になっていた。

貰った当初はムーランのお気に入りになったことに絶望したが、今となっては誇りである。


散々悩んだ挙句、彼女は民兵だった頃のことを思い出したのだ。

彼女の隊の練度は低かったが、それを纏め上げていた彼女の師は常勝不敗の猛者であった。


『王から何か下賜されることは、我々兵にとっての最高の名誉である』


これはレインの師が小さなバッジを自慢していた時の言葉だ。

あの時はさっぱり分からなかったが、今なら師の気持ちがわかる気がした。

 

レインはムーランから腕章を授かったのだ。

そう考えると、とても誇らしくて仕方がなかった。


いや、彼女はそう思い込むことに決めたのだ。


生き残るためだけに子供達仲間を育てようと思っていたが、今は王のために最善を尽くしたいと思っている。


必ず王の願いを叶えてみせる。

レインは自分を騙しきるためにも、本気で心に誓っていた。



「おじさん、今日の分のお米持ってきましたよ」


「おぉ、待ってたぜ。にしても、お前らは随分と出世したよなぁ」


「えへへ、ムーラン様のおかげです」


レイン達はもうくたびれた服を着ていない。

魔力をよく通す特殊な繊維で編みこまれた服は、貴族からしても高級品だ。

雪祭りの定番である赤い帽子をかぶったおじさんは随分と年季が入った姿になっていた。だが、四年経った今でも、彼は日雇いである。


「お前らは祭りを見ていかないのか? 年頃の子はみんな王城のほうへ遠出してるぜ」


「私達は仕事がありますから。それに祭りなら孤児院でも行えます」


「かーっ、もっと青春したほうがいいぜっ! でないと俺みたいになっちまうってなっ! あははは」


「............」


「っと、すまんすまん」


滑ったおじさんから代金を受け取る際、アニーはおじさんが指輪をつけていることに気づいた。以前はしてなかったので気になって、興味本位で問いかける。


「おじさん、その手の指輪。結婚されたのですか?」


彼はじっと左手を見つめた後、すぅぅと天に白い息を吐き出した。


見栄みえ、さ。諦めてんだよ、もう色々とな......」


アニー達は、いつになく真剣な目をした日雇いおじさんに戦慄するのだった。



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