第8話 平和な日々
頑ななムーガルに痺れを切らしたムーランは、マーゼルとの楽しいひと時を過ごした後、早朝には孤児院に戻っていた。少しでも早く子供達の顔を見たいがためである。
「お、おかえりなさい!」
子供達は皆、怖いものでも見たような顔をしている。
おそらく自分が居なくて寂しかったのだろう。
ムーランはそう考えて一人一人時間をかけてギュッと抱きしめると同時に、子供達に怪我などが無いことに安堵した。
中には泣き出す子もいて、親冥利に尽きるというものだ。
「ム、ムーラン様が居ない間は、特に異常はありませんでした」
頼りになるレインの報告に頭を撫でてやる。
「さぁ、おいで。ひひひ、お土産を買ってきたよ」
レインのことは頼りにしているが、彼女だってまだ子供なのだ。
後でたっぷりとご褒美を上げる必要があるだろう。
ムーランは子供達のぬくもりに癒され、その笑みを一層深めた。
レインは王城饅頭を頬張る子供達を見ながら、そっとズボンの内側に潜ませたダガーに触れた。
今までは一日中ムーランが孤児院に居なかったことはない。
レインにとってこれはムーランを知る絶好のチャンスだった。
院長室に忍び込み敵国と繋がる情報がないか探るも、そのような物は一つも見つからない。
代わりに机の上に置かれた一本のダガーと手紙を見つけた。
その刀身には奇妙な装飾がされているが、小振りでしっかりと魔導回路が通っている。
親愛なる者へ
日頃の感謝を込めて魔導具を贈る
M・M
手紙にはただそれだけが書かれていた。上質な紙を使っているというのに贅沢なことこの上ない。こんな無駄遣いができる者は貴族の中でも限られていた。
M・M......ムーラン・ムーラオ
レインはハッと周囲を見渡す。誰かがいる気配はない。
だが、きっと彼には自分が忍び込むことなどお見通しであったのだろう。
ムーラン様は一体何を考えておられるのだろうか。
レインは腕章に触れた。いつの間にか腕章に触れることが癖になりつつあることを彼女はまだ気が付いていなかった。
孤児院では基本的に子供達は自由な生活が約束されている。
最低限の仕事である買い出し、洗濯、掃除は担当を決めて行われているが、それ以外の時間は何をするも自由であった。
ムーランはそんな子供らしく遊び回るはずの自由な時間に、妙な遊びが流行っていることに不安を覚えていた。
水の入った桶を囲み、水を動かす遊び。最初に見たときは驚いたが、魔力を扱えるならできて不思議ではない。
次に木の棒を振り回してチャンバラをする遊び。
戦争中であるこのご時世において、珍しい遊びではないが本格的過ぎて怪我が心配だ。
そして最後が隠れんぼと鬼ごっこを合わせた遊びだ。
やたら本格的で、見つかったら木の棒で抵抗し隙をついて逃げていく。
追うグループと追われるグループがそれぞれ連携しており、この遊びは見ていて面白いところがある。が、やはり怪我が心配だ。寸止めなんて空気ではなかった。
心配ではあるが、ムーランは子供達を見守り声をかけることはしなかった。
彼にとって親とはそういう存在であったからだ。注意するのは痛い思いをしてからでいい。その方が今度彼らの人生を支える経験になるだろう。
いつかは自分も混ざって遊びたいと思っているが、今はランバートとの米商売について考える必要がある。それになんと言ってもムーランはインドア派だった。
ムーランはランバートへの手紙をしたためるため、ペンにインクを染み込ませる。
§
自然都市ルチアの中央にそびえる巨大な風車、そこがランバートの居城である。
どこから見ても王城への対抗心の表れであるが、王はルチアのような田舎のことなど微塵も気に留めていなかった。
「ヌフッ、ムーランめ。つまらないやり方だが確実に攻めたか。まぁよい、ようやく大手を振って米が作れるのじゃ」
「お父様、ムーラン様はなんと?」
ランバートの一人娘、アンジェラはソワソワと聞く。
アンジェラにとって年下のムーランとの婚約は喜ばしいことであった。若い旦那を持つと自分まで若返る気がするからだ。それにルチモニア王国の中心である聖都に住むことができれば流行りの最前線を常に追うことができる。
「商売の事しか書いとらんよ。じゃが、気を落とすでないぞアンジェラ。今のアンジェラではヤツに喰われて終わる。ヌフフ、丁度いい機会じゃ、米の事はお前に任せるぞ。これも勉強じゃ」
「わかりましたわ、お父様。必ずや期待に応えてみせます」
小麦の生産が落ち込んでいる今、失敗はできない。だが、魔力を注ぐだけの栽培に失敗などありえない。
「他に米を栽培しそうな奴らは......ふぅむ。まぁ潰せばよいか」
ツモーラ家の力を取り戻す活路にランバードは本気である。
ランバートは自ら作り上げた黄金畑を見下ろしながら、葉巻を吹かした。
ムーラオ家当主であるムーガル・ムーラオが病に倒れた。
その
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