第7話 最低当主誕生の予感




「マーゼル、ここに居たんだね。み~つけた」


マーゼルは目をギュッと瞑って身を縮こませた。

彼女は兄のムーランが大の苦手だった。


直接危害を加えられたことは一度もない。


物心ついた時には傍にいて、いつも自分を気にかけてくれる。マーゼルは最初、そんなムーランのことが大好きだった。

いつも一緒に遊んでくれて、欲しい物をくれるし、してほしい事をなんでもしてくれる。


最初は父や兄はいつも彼の居ない所で悪口を言ったり、母が顔も見たくないと別荘へ移ってしまったのが理解出来なかった。

なんで皆がムーランを嫌うのか、彼女は不思議で仕方なかったのだ。


彼女がムーランを苦手になったのは、そんな彼の裏の顔を知ってしまったからだ。




 その日は、いつものようにムーランに我儘を言って町を散歩していた。

かわいいペンダントをおねだりすれば、ムーランは一生懸命自分に合うペンダントを探してくれた。

彼女はそんな時間が好きで、彼にもっと構ってもらいたかった。


そして、ムーランが品を選んでいる最中に隣のお店に隠れて兄を困らせることを思いついたのだ。

だが、偶然通りかかった男にぶつかったマーゼルは派手に転倒してしまった。


まだ幼いマーゼルは吹き飛ばされ、護衛が彼駆け寄る前に地面に倒れ込んでしまった。

マーゼルに気がついたムーランは、護衛を押し退け土が付くことなど気にすることなく彼女を抱き抱えた。


ここまではいい兄である。しかし、深い愛情ゆえに激怒したムーランは護衛に男を斬首するよう命じたのだ。


そして、それがまかり通るほどにムーラオ家の力は強かった。


すべてを差し出すから命だけは助けてくれと泣き叫ぶ男に町の誰もが同情した。

被害者であったマーゼルさえも必死にムーランを止めた。


誰もが男は赦されるのだと思った。


が、彼の目には転んだ痛みで泣いているマーゼルしか映っていなかったのだ。


 それ以降、マーゼルは一切の我儘を言わなくなり、ムーランからも逃げるようになってしまったのだ。



「さぁ、マーゼル。あの時のように遊ぼうか」


あの時......マーゼルの中で、空中を飛ぶ男の頭がフラッシュバックする。


「あ、兄上。今日は体調が悪くて、その、申し訳ございません」


「なに!? ならばすぐに医者を呼ばなくては!」


走りだすムーランの腕を咄嗟に掴む。

そして涙声になりながらも兄を止めるために笑顔を作った。


「兄上! あ、兄上のお顔を見たら治りましたの。遊んでください......」


「あぁ! もちろんだとも」


マーゼルの受難はまだまだ続くことだろう。




 マーゼルには父からキツく言われていることがあった。

ムーラオ家で起こっていることは、決してムーランには言わないこと。


幸い彼はムーラオ家に興味がない。

自分がうっかりこぼしてしまわないように、慎重に言葉を選ぶ。


「兄上の孤児院は順調ですか?」


「あぁ。みんな良い子でね。今度紹介したいくらいだよ。にひひ」


久しぶりに見る彼の笑顔に、マーゼルは母上を思い出す。相変わらず母にそっくりであった。


二人は長い廊下を世間話をしながら歩く。

こういうなんでもない話をしていると、楽しかった昔を思い出した。

彼女にとって加減をしらないムーランは恐ろしいが、普段はいい兄なのだ。


「ムーラン!マーゼルから離れろ!」


突如前から現れたのは、さっきの箒を持った侍女とムーラオ家次男のムーザスである。


「ムーザス、いきなりではありませんか。久しぶりに会う、私とマーゼルの団欒を邪魔するおつもりですか?」


マーゼルは縮こまり兄達の成り行きを見守る


この兄弟は度々喧嘩をしていた。

ムーランにとってムーラオ家の次男など最も価値が無い男である


「ムーラン、僕の欠点がわかるか?」


ムーザスは典型的なプライド人間だった。


「ん? わかるだろ? 汚れたゴミを拾うお前の兄だということだよ」


そんなムーザスの言葉に、当然ムーランはキレる。

ここまでがいつもの流れであった。


「ムーザスのような無価値な道具に欠点以外があったのですか?」


ムーザスの将来はほぼ決まっていた。

ムーラオ家の利益のために嫁いでいくのだ。


そう、政治の道具だったのだが。


「クククッ。ムーラン、お前に良い事を教えてやる」


傍にいた侍女とマーゼルが、咄嗟にムーザスを止めようと慌てふためく。


「いけません! ムーザス様、そのことは――」


「シー! シー!」


「えぇい!! 五月蝿い! 僕に指図する気か! 兄上亡き今、次期当主である、この僕に!!」


ニヤリとムーザスは余韻に浸り、マーゼルは頭を抱え大きなため息をついた。


「バ、バカな。なぜ兄上は亡くなられた?」


「さぁな。無能だったんだろ」


「有り得ない! 兄上はお前より何倍も優秀なお方だ! ......父上のところへ行く。ごめんよマーゼル」


ムーランは長い廊下を走り去っていった。

その背中をにんまりと見送り、ムーザスはどこか勝ち誇ったように言った。


「まったく、廊下を走るだなんて行儀の悪いやつだな」




 ムーランは書斎の扉をノックもせずに開け放つ


「父上!」


「ムーラン、ノックくらいせんか」


「兄上が亡くなられたというのは本当ですか?」


書類に目を通していたムーガルの手がピタっと止まった。


「誰に聞いた?」


「ムーザスです」


ハァァと大きなため息の後、ムーガルは頭を抱えた。


「おそらくムーザスの仕業だ。全く愚かでどうしようもないヤツだ。お前にだけは頼みたくなかったが......」


ムーガルは手を再開して、こともなげに続けた。


「どうやらそんな事言ってられないほどに、奴は愚かなようだ。ムーラン、よく聞け。儂がもし死んだら、後はお前がムーラオ家の当主となれ。方法など問わん。貴様ならいくらでも思いつくであろう。少なくとも奴よりは幾分かマシだ。話は以上だ」


それ以降、黙り込んだムーガルに渋々ムーランは引き下がるしかなかった。



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