第6話 父上と兄上と妹
三大貴族ムーラオ家本邸は王城の側にあり、その余りの大きさに誰もが一度は驚く。
ムーラオ家にはその大きさが不敬にならないほどの歴史が、実績があった。
そんな威風堂々とした門の奥では、珍しくも慌ただしく侍女達が行き交っていた。
突如として知らされた三男の帰省は屋敷の人間にとって緊急事態そのものである。
「ムーラン様がお戻りになられました。急いで食事の準備と葡萄酒を用意しなさい。ムーラン様は葡萄酒しか飲まれません」
「はい!」
四十名を超える侍女が屋敷の各所へと散開していく。
「まさかムーラン様はあの噂を耳に......」
ムーラオ家当主であるムーガルは、ムーランの突然の帰省に舌打ちをする。
机に上に積まれた書類は朝から一向に減っていなかった。
「ムーランのヤツめ。まさかとは思うが......一体どこから漏れたというのだ!」
ムーラオ家次期当主の暗殺。
内々で処理されたこの案件は屋敷内でも知るものは少ないはずであった。
コンコン
「旦那様、ムーラン様がお見えになりました」
「ふんっ。マーゼルを奥へ隠せ。決してヤツに会わせるでない」
ムーガルは腹心である秘書に娘を隠すように命じ、深い溜息を吐いた。
「父上、お久しぶりでございます」
「ふんっ。何をしにきた?」
ムーガルの鋭い眼光は、決して息子に向けていいようなものではない。
だが、幸いなことに、これは生まれつきであった。
「ひひッ、まずはコチラを」
ムーランはこぶし大の麻袋を侍女へ渡す。
侍女はムーガルへ確認を取った後、中身をすくった。
「こ、これは......」
麻袋の中から侍女がすくい上げたのは米である。
「ムーランッ! 貴様、ランバートのヤツと取引でもしたのか!」
カッと目を見開いてムーガルは立ち上がった。
ムーラオ家とツモーラ家の不仲は貴族の間で有名だ。その事もあり、ランバートがコソコソと米を流しているのをムーガスは調査済みであったのだ。
だが、あのランバートがわざわざ自領以外に米を持ち出すとは到底思えなかった。
それも王の目に触れるリスクが高い聖都になんて自殺行為だ。
「いえ、誤解ですよ父上。これは私がツモーラ様に差し上げた品です」
ムーランの言葉に目眩を覚える。
自ら不浄の作物を手に入れ、ランバートに流しただと?
「貴様......死にたいのか?」
「いひひ、
バンッとムーガルは話を遮る。
「話にならん!」
「王国の主食は小麦を使ったパンです。しかし、ここ数年は不作で取引量は年々低下しており価格は上がっています。しかもそのスピードが加速していることはもちろんご存知ですよね?」
麻袋を弄りながらムーランはさらに続けた。
「ハッキリ言って、王国は時代遅れなのです。連合国も昔は小麦を使用していました。土地が少なく生産が追いつかなくなった結果生まれたのが、この米です」
「父上は米の栽培方法を知っておりますか?私も詳しくは知りませんが、なんでも魔力を浴びせれば数日で育つとか」
ピクッとルーガルの眉が動く。
数日で育つならば、たしかに小麦とは比べものにならないほどの生産量が確保できるだろう。
ここ最近、ムーラオ家が小麦を取り扱ってないにも関わらず、商人からの苦情が増え続けている。
さらに食糧問題は王国の存続にも関わる重要案件でもある。
だが。だがしかしである。
「だからと言って、敵国の真似をするなど――」
バンッと今度はムーランが話を遮った。
「父上、貴方は商人だ! 消費する側のことを考えない悪徳商人です。民のことを少しも考えていない! 民あっての王国だと王も仰っていたでしょう?」
ムーランは怒気を放ちながら言った。
自分でも何が言いたいのかあやふやになってきているが、ここまできたら気合いである。
それが功を奏したのか、父親譲りの眼光も相まって強烈なプレッシャーを放つことになった。
実際、
ムーガルはその怒気に押され、つい黙り込んでしまった。
「失礼しました。ですがもう一度、よく考えていただきたい。ツモーラ様が栽培できる以上、連合国に頼る必要はございません」
部屋に静寂が訪れる。
「仮にだ、仮に、王が納得なされたとして、販路はどうするつもりだ?」
額に汗を滲ませたムーガルは弱々しく切り出した。
「そのことでしたら心配はいりません。ランバート様が協力してくださるでしょう」
「ふんっ。やはりあの老害とは親しいようだな」
「ご不満でしたら商談は兄上にお譲りしても構いません。兄上は今どこに?」
その兄上は暗殺されていた。
「アイツなら今は居ない。それより今日はどうするのだ? あの悪趣味な廃墟にもどるのか?」
バレてないことを察して悟られぬように話題を変える。
「いえ。孤児院とは少々距離がありますので、明日にします」
ふんっと鼻息荒くしてムーガルは部屋を出て行き、ムーランは一息ついた。
「なんとか上手く言ったか......いひっひひひ」
子供達を危機から遠ざけることに成功した安堵から、ムーランは小さく息を吐いた。
その様子を見て侍女が化け物に睨まれたように震えるのだった。
本邸にも、もちろんムーランの自室はある。
孤児院に移る前と変わらないその部屋に思わず頬が緩んだ。
大した思い出はないが、よく妹を寝かしつけていたことだけは鮮明に残っている。
今でこそ妹とは別々に暮らしているが、ムーランにとっては愛らしい我が子のままだった。
そんな最愛の妹に会うべく、屋敷を徘徊し始めようとするムーランを侍女は慌てて呼び止めた。
「ムーラン様、どちらへ?」
「妹のマーゼルに会いに行こうかと」
広い屋敷の随所では侍女が至るところにおり、掃除などの雑務をこなしていた。
「マーゼル様は、その、申し訳ございません」
箒をもった侍女が慌てて駆けて行く。
廊下を走るのは行儀が悪いからやめなさい。
いつか子供達に言ってみたいセリフではあったが、さすがに大人の女性に言う気にはなれなかった。
ムーランは妹のマーゼルと仲がいいのが自慢だ。
兄上には避けられていたが、マーゼルはいつも側にいてくれたのだ。
そんなマーゼルの行きそうな所は手にとるようにわかる。
暗い書庫、狭い物置、時には庭の倉庫など
彼女は隠れんぼが好きな子だった。
いつも鬼はムーランの役目だったが、それも兄の宿命というやつである。
昔のように足音を忍ばせて浴室の魔導ボイラー室へ忍び寄る。
彼女のお気に入りの隠れポイントだ。
「マーゼル、ここに居たんだね。み~つけた」
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