第5話 成長期
ランバートの作戦はこうだ。
まずは商人の遣いに扮した子供達が露店で米を売り始める。
貧民相手に商売してコツを掴むと、次第にターゲットを大通りの方へと移していく。
大通りは比較的主婦層が多いので狙い目だ。だが、同時に衛兵の数も多い。
それでも一度主婦層で広がれば、もはや後戻りはできないだろう。
彼女達は、安い、旨い、日持ちするという三種の神器にめっぽう弱いのだ。
例え、国が気づいて規制を出しても、売られていればこっそり買うだろう。
そうなれば、後はランバートが王に具申するだけである。このままではアーノルド連合国の思うツボであると。我が国でも生産し、売り出すほかないと。
この自作自演劇がランバートの作戦であった。
「ほほっ、ヌフフフ」
ルチアにある居城へ戻るなり、ランバートは笑いをこぼした。
「ムーランよ。何が狙いか? 我に米で一儲けさせ、その見返りとしてお前は何を望むのだ......」
ムーランが帰り際に寄越した包。
ランバートはその危険性を理解しながらも乱雑に紐を解いた。
包まれていたのは、赤い宝玉が一つ。大粒の引き込まれるような魅力を放つ魔性の晶。
それが何かをランバートは瞬時に理解した。
魔物の核だ。
魔導具を作る際の材料としてもっとも重要な貴重品である。
貴族社会において魔核を送る行為には意味がある。
魔核とはすなわち力の象徴。それを相手に送ることで借りを作ったということを伝えるのだ。加えて此度の品は高純度かつ大粒。それはムーランの格を示し、相応の働きを期待するという意味もあった。
何度も言うが、貴族社会に頓着のないムーランはそこまで頭が回る男ではない。
「ヌハッヌハハハッ。面白い! 面白いぞムーラン。このワシ相手に借りじゃと!? ヌフフ、やはりアンジェラの夫にふさわしいのはムーラン! お前だけじゃ」
鋭い眼光を聖都の方へ向け、ランバートは葉巻に火をつけた。
§
ムーランはランバート・ツモーラの言ったことが未だに整理しきれないでいた。
子供達に不浄の作物を売らせるだと?
それはあまりにも危険なことである。
衛兵に見つかり、捕まれば即死刑になってもおかしくない。
さらには、ムーラオ家が一枚噛んでるとバレれば
「クソっ」
ガタンとティーカップが揺れる。
教育に悪いため汚い言葉は控えているのだが、今の彼にはその余裕さえなかった。
なんとしても代案を考えねば......
一方、自分達がさっそく犯罪に巻き込まれようとしているとも知らず、レイン達は訓練に勤しんでいた。
レインは孤児としては珍しく、一般知識があって魔力も使えて頭も切れる。
彼女は俗にいう敗残兵であった。
民兵として王国との戦争に参加し、なんとか生き残ったところをスラムに住み着き、この孤児院に拾われたのだ。
そんな彼女がムーランを恐れるのにはワケがあった。
二年前、とある商人と共にスラムへ流れ着いたレインは身を潜める日々を送っていた。
連合国の象徴ともいえる銀髪は王国内で見つかればすぐに殺されてしまう危険性があったからだ。
そんな彼女を真っ先に見つけたのは、他でもないムーランであった。
気味の悪い笑い声が頭上から聞こえ、そっとフードが取られる。
武器も何ももっていない彼女は、ただ目を瞑り死を悟った。
だが、彼女に訪れたのは死ではなく、変わらぬ笑い声だった。
「いひひ、ひひひっ。綺麗な瞳をしているね。君は今からレインという名前だ。おいっこの子を馬車へ」
最初は奴隷商人に捕まったと思った。
「しかし、ムーラン様。コイツは穢れてますよ? 殺すべきでは?」
傍にいた男がそう言った瞬間、ムーランは眉間に皺を寄せる
「私の指示が聞こえませんでしたか? すぐに馬車へ保護しろと言ったんだ!」
地の底から聞こえるような冷たい声に、レインの身体は震えた。
その後、馬車の窓から見える光景は今でも忘れられない地獄絵図だった。
スラムの子供達を次々と救い出す彼に、スラムの大人達が俺も私もと縋りつく。
彼はそんな大人達をゴミを見るような目で睨み、護衛に切り捨てるよう言ったのだ。
その時の眼と声色は今でも鮮明に思い出せる。
彼はその後も目障りだったのか、子供以外の住人を見つけ次第切り捨てていった。
彼の歩んだ道は、屍と血で溢れていた。
そして最後に振り返ると、孤児達にこう言い放ったのだ。
「今日から私が、君達のお父さんだよ」
親を目の前で殺された子がいたにも関わず、彼は笑顔でそう言い放ったのだ。
だが、誰もが憎しみより恐怖に支配されてその言葉に頷くことしかできなかった。
「いい?この水は魔力が含まれているの。だからこうやって操作できるのよ」
レインは桶に汲まれた水を指先に集めた。
これは彼女の師が教えてくれた訓練方法だ。
魔法使いが大きな火炎を打ち出したり、大地を割ったりするのは物語の中だけ。
現実の魔法使いとは魔導具を操る者を指していた。
「魔法使いはこの魔力操作が全てと言っても過言じゃない。もちろん身のこなしなんかも大事だけど、いざという時に魔力が乱れて不発になったらもう終わりなの」
「うーん。全然反応しないよ?」
「アレンにも魔力があるから、コツさえ掴めばすぐにできるようになる。魔力の操作は人によって感覚が違うの。とにかくやってみるしかないわ」
こうやれば出来ると決まったやり方はない。
相当な訓練が必要なため、魔力を人生で一度も使わない人間がいる程である。
「なんでこんなことしないといけないの?」
皆も思っていたのか、手を止めてレインを見る。
彼女は腕の腕章に触れながら、いつもより暗い声で話始めた。
「ムーラン様は王国に反旗を翻すつもりよ」
ポカーンとした子供達に気づいて慌てて言葉を変える
「えぇと、つまりね。ムーラン様はこの国を壊そうとしているの。その理由はわからない。でもその時、ムーラン様の兵は間違いなく私達になる」
彼女はムーランが私兵を持っていないことを知っていた。
「もしかしたらこの孤児院はムーラン様の私兵を育成するために建てられたのかも」
不安そうにレインを見る子供達も、まだ理解できない子供達もいた。
しかし、レインには彼らを安心させる言葉が見つからない。
戦場は過酷だ。
生き残るには強さだけじゃなく、運も必要になってくる。
いくら強くても運が悪ければ、一瞬で死ぬのだ。レインの師のように。
レインは腕章を強く握りしめ、師の最後の言葉を復唱する
『運命に抗うな。命令に従え』
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